音匣マリア
あの日、ケーキを作っていたから夜も遅くになったけど、蓮の誕生日を一番にお祝いしたくてあのマンションに行ったのが間違いだったのかな?


プレゼントとケーキを持って、蓮の部屋のドアノブを試しに回したら鍵がかかっていなかったから、蓮は帰宅してるんだって嬉しくなった。


玄関に入るとやっぱり蓮の靴がある。


だけど、この黒いヒールは誰の物?明らかに女物…だよね?


嫌な胸騒ぎを覚えてこっそりと居間に入った。




そして、扉が空いた寝室の中で行われている行為を見てしまう。


最初は夢かと思った。だけど女の人が呼んでいるのは、間違いなく蓮の名前。

蓮もその人の要求に応えていた。


どのくらいそこに立っていたのかは分からなくて。


ざあざあと滝が流れるような耳鳴りが、耳の奥で酷く鳴っている。


身体中の血が引いていくみたいだ。



……無くした私の五感を取り戻したのは、ちゃりん、という小さな音。



蓮から貰ったこの部屋の合鍵が、手から滑り落ちて足下に冷たく光っていた。



音を立てないように居間を抜け出し、玄関で靴を履く。

下駄箱の上に、部屋の合鍵を返して。


ドアをそっと閉めて、エレベーターへ向かう。


エントランスに出るとダストボックスが目に入った。



ケーキとプレゼントをダストボックスに投げ棄て、ふらふらと外に出た。




涙は流れてはこなかった。あんなに哀しい現場を見たのに。


心にあるのは、ただ空虚に空いた孔。



まるで、この寒い暗闇の中に心が溶けてしまったみたい。



……蓮を好きにならなければ、こんな気持ちも知らないで済んだのにね。


でも、もう駄目なんだね、私達。



ごめんね、蓮。



ネックレスのトップにはあんな言葉を刻んだけど、蓮の事、もう信じられなくなっちゃった。



だけど………。




今まで、ありがとう。


蓮以上に誰かを好きになるなんて、きっと無いだろうから。



今度はこんなに辛くない恋愛にするよ……。





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