音匣マリア
蓮に逢えた事で、少なくとも真優さんに関しての苦しみからは解放されたように、気分は軽くはなった。


だけど胸に刺さった棘は未だに抜けてはくれない。


蓮と他の人が抱き合う姿が、フラッシュバックのように瞼にちらついて私を苛む。





それを忘れるために、私は仕事に集中した。




営業に異動になってからは毎日、小柳さんとマンツーマンでの飛び込み営業を続けた。


朝、住宅地図を見て、手応えがありそうな区域を探す。大体の目星をつけたら地図の縮小コピーをとって車で現場に移動。


それからはひたすら自分の足で歩いて一軒一軒訪問して、セールストークを展開しては断られる…というパターンだった。


私達が商品として紹介しているのは、【結婚式】という、人生の一大セレモニー。


そんな大切な人生の節目とも言える記念のセレモニーを、自信を持ってプロデュースするだけの経験が私には無い。


それに、私自身が手痛い失恋をしたばかり。


つまり、営業経験どころか人生経験ですらまだ積んでいないひよっこなんだ、私は。



だから営業もお決まりのマニュアル通りにしか喋れないし、営業した訪問先で「うちはそういうの要らないから!」なんて怒鳴られると、途端にヘコんでしまう。






12月も間近に押し迫ったある日、私と小柳さんは区境まで遠出してみようかと話し合った。





今までやってきた市街地は、どう見ても営業激戦区だ。



うちみたいな小規模なハウス・ウェディングの式場だけではなく、駅や市街地の真ん中などには、老舗とも言える名門ホテルだって幾つも点在している。


どの式場関係者も人口密集地では集中して営業をかけているから、訪問される側にしてみれば「また似たようなのが来たのか!」と怒鳴りたくもなるだろう。




逆に過疎地の方が好条件を備えているとは、小柳さんの持論だ。



まず、都市部とは違い、三世代(祖父母・父母・子供)で住んでいるケースが多い事。

更に都市部に住む核家族とは違い、【結婚式】がまだ節目であると考える父母や若い人が多い事。


そして、少なくとも親類縁者を呼ぶだけの資金を祖父母と父母が持っている事が一番大きいかも知れない。



車に揺られること一時間あまりでようやくその土地に着いた時は、あまりの見晴らしのよさに思わず欠伸がでてしまった。


「随分余裕じゃないよ?今日はエリアを半分に分けて、下半分を菜月一人で回って貰うからね。私は上のエリアにいるから、困ったら電話して」

「はい、頑張ってみます!」



一人で営業かけるのは初めてだけど、新天地で頑張ってみようと私は歩き始めた。






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