音匣マリア
「……やるじゃん、お前」

「あざーす」


中井さんからお誉めの言葉を頂いたが、この人に誉められてもあんま嬉しくねぇな。


たまたま仕事が休みだった中井さんが、冷やかしなのか応援なのかは知らないが大会の会場までふらりとやって来てた。


ちなみにだけど、中井さんは準備不足で今回の大会参加は見送っている。

前回は3位入賞だから、中井さんが今回の大会に出てれば、大した驚異になったのは間違いない。……出てくれなくて安心した。



「んーだよその態度。優勝したんだろ?もうちっと嬉しそうにしたら良いだろうがよ」

「……中井さんに誉められても、ねぇ……」


腹立つわ!と中井さんは悔しがったが、今はそれどころじゃない。


審査の結果は300ポイント満点中289.8ポイントと、かなりの高得点を得ることができた。



強豪プレイヤーもいて接戦だったが、そのまま俺が逃げ切りまさかの優勝。


一番に菜月に伝えたかったが、運営側との以降のスケジュール調整やインタビューに時間を費やされて、菜月に電話をかけられたのは夜も12時近くになってからだった。



中井さんは明日は仕事だからと表彰式まで見て帰っていった。


俺は大会のために明日まで休みをとっている。明日はどうしても行きたい場所もあるしな。



菜月がまだ起きているよう願いながら、ホテルの部屋に戻ってベッドの上で大の字に寝転んだ。


携帯を手にすると菜月の番号を履歴から探し、緊張しながらそれを押す。


やべ、大会の演技ん時より心臓がバクバク言ってるかも。



だが、コールしてもなかなか菜月は出てくれない。


一旦電話を切り、起き上がって窓辺に近寄りもう一度かけ直した。


菜月、もしかして寝てたのか?



『……はい。もしもし?』


菜月の声が、何故か疲れているように聞こえる。


「俺だけど。寝てた?」


寝てたのを起こしたんなら、悪いことしたな。


『ううん、まだ会社にいるの。仕事が終わらなくて……』


こんなに遅くまで仕事してんのか!?帰り道危ないだろ!?


「早く帰れよ。夜道は危ねーだろ」

『うん、さっきようやくミーティングが終わって、今はお客さんにお手紙を書いてるとこ』



へえ。そういうのも仕事の内なのか。


「でも今頃ミーティングが終わるなんて遅すぎだろ?もう少し早く帰れねぇの?いくら営業に配置替えったって限度があんだろ」


菜月が営業に配置替えされたのは本人から聞いたけど。


今までは館内勤務ばかりだったから、営業は慣れなくて大変だろうな。客の時間帯に合わせてアポをとらなきゃなんねーだろうし。


『ん…。でもこのミーティングには絶対出ないと。私の為のミーティングだし』


菜月がこなす仕事は、夜遅くまでミーティングしないといけないのか?


菜月は馬鹿正直に素直なとこあるからな。ミスしたらすぐ落ち込みそうだし。


「あんまり無理してくれんなよ。すっげぇ心配なんだけど」

『でも、すごくやりがいがあるよ。私ね、お客さんに色々と教えて貰ってるの。大事なことを』

「なんだよ色々って」

『色々は色々だよ。今日はまだ仕事があるから、電話を切るね』


待て待て!


まだ言いたい事を言えてない!







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