音匣マリア
そして、隣の部屋に住んでいた山影さんと真優さんだけど。


私達が結婚したのを何処からか聞いた山影さんは、自分なりに思うところがあったのか、あの部屋を出ていった。


……瀬名さんに、全てを話して。


つまり、真優さんは山影さんにも捨てられた。


瀬名さんは真優さんがしてきた事に激怒もしたけど、親としての在り方に反省することしきりだった。


だから、私や蓮にも態々マンションの部屋まで真優さんと一緒に来て、今までの事を謝ってくれたし。


………真優さんが少しは良くなってくれるといいね、と蓮に言うと、知らね。ほっとけよって答えが返ってきた。


まあ、あまりにも強烈な思い出ではあるよね、真優さんに関しては。






もうすぐ新婚旅行に出発だ、という時期だけど、じつは不安要素が一つだけある。


……妊娠してるんだ、私。


悪阻も治まったし、安定期に入りつつあるからシンガポールまでは大丈夫だろうけど、蓮は口煩いお母さんみたいな事ばっかり言って私を苦笑させる。


「だから、重いもん持つなって」

「えー?これ、貴重品が入ったバッグだもん。これくらいは持てますぅ」


旅行用のカートを引き擦りながらも、更に蓮が私の荷物を持とうとする。



お腹の赤ちゃんと3人で旅行できるなんてね。



これ以上はない幸せを噛み締めながら、私達は手を繋いで日本を後にした。



雲は眼下に広がり、海は眩く遠くまで光っている。


隣に座る蓮が私のお腹に手を充てた。


私もその手を握り返し、遠く拡がる海と空とに祈りを込める。



―――如何なる時も、この手が離れませんように―――







††††††††† end †††††††††




< 145 / 158 >

この作品をシェア

pagetop