音匣マリア


蓮のパフォーマンスは今日も冴えてる。


ダイナミックなのに繊細な動き。


2本3本と無造作に瓶やグラスを投げているように見えるけど、実はちゃんと計算しながら手足を動かしているんだ。



それはまるで舞いのように。



バックに流れる曲に合わせて作るカクテルも相変わらず美味しいんだろうな。


妊婦だから最近は私は禁酒〈させられてる〉けどね。



『先ずは花嫁様に。〔スイート・マリア〕という名のカクテルをどうぞ』


胸元に付けたマイクを通じて蓮が言う。


早苗さんに近寄り、純白に近いそのカクテルを手渡した。


グラスにはピンクの小さい薔薇が、ハート型に飾り付けられていて、見た目にもそれは可愛い。


会場にいた若い女の子達が羨ましそうに歓声を上げた。




その後は勿論他の女性客へのサービスも蓮は忘れずにやってくれた。



さっきまでしんみりしていた女の人達も、若い女の子達も、みんな蓮の作った色とりどりの甘いカクテルに酔ってくれている。


とは言っても女性客に出したのはノンアルコールなんだけど。



全てのお客様にサービスし終わると、蓮が吉田さんご夫婦を見て徐に口を開いた。


『私は魔法使いではありませんが、皆様に辛い記憶を一時でも薄れさせる魔法の薬を差し上げました』


蓮の回りを取り囲んでいた、若い女の子達がキャーっと笑って頬を染めていた。その中にはさっき歌った早苗さんの従姉妹の女の子もいる。


だけど駄目だよ!蓮は私のだからね!



意に介せず、蓮は続ける。



『なんのことはないただのカクテルという名の酒には過ぎませんが、今日だけは、聖母マリアの名のカクテルにおいて、どうか甘い〔時〕に酔いしれて頂きたく思っています』


そう言って、吉田さんご夫婦に頭を下げる蓮。


早苗さんの目から流れ落ちたのは、悲しみの涙なのか、嬉しさの涙なのか……。




それは分からないけれど、きっとここにいる誰もが再認識してくれたのには違いないと思う。


だってね、蓮に向けての鳴り止まない拍手がその答えだと思うんだ。




〔失したものによって心に空いてしまった穴は、何時かは必ず塞がる日が来るのだ〕ということ。





それを希望に、力強く頑張っていこうね。


勿論、私達も。







< 152 / 158 >

この作品をシェア

pagetop