音匣マリア
俺、多分今涙目。


つーかすげーショック。


菜月にいいとこ見せようと思ってフレアやるつもりでいたのに、肝心の菜月には見捨てられた挙げ句、どうでもいい女達はウザいぐらいに寄ってくる。


叱り飛ばして菜月を近くに呼びたいが、そうすればダイレクトに売り上げに響いてくるだろうし。



「……しょうがねぇ。一つ貸しな、蓮」


中井さんがニヤリと笑って俺を見た。


貸しってなんだよ?



「おいナツ、お前カウンターくぐってこっちに来い」

「作業スペースに?入ってもいいの?」


中井さんは菜月を手招きしてカウンターの中に呼び寄せた。


つまり、俺と菜月は至近距離にいるわけで。



たまにはいい仕事すんじゃねぇか、中井さん。




「こんなに近くで見物してもいいのかな?」

「黙って見てろよ。どうせ大して上手いわけでもなし絶対なんかやらかすから」


前言撤回。


中井の野郎、何も菜月の前で俺を扱き下ろす事ねーだろ。



気を取り直して山寺に曲をかけさせ、手に馴染んだボトルを2本3本とお手玉のように投げていく。


背面でそれらを片手でキャッチし、タンッと小気味良い音を響かせながらシェイカーの中に流し込む。



シェイカーを回し投げて程よくシェイクし、いくつかのカクテルグラスに注ぎこんだ。



作ったカクテルは「セックス・オン・ザ・ビーチ」



真っ先にグラスを菜月に差し出すと、「ありがとう!」とか言って、菜月はぱあっと大輪の向日葵が咲いたような笑顔でグラスを受け取ってくれた。



可愛い。マジで持ち帰りたいこの子。



「おい。ハイエナが餌争いしてるけど?」


見れば中井さんの言う通り、残りのグラスに注いだカクテルにケバい女達が群がって押し合い圧し合い騒いでいる。


みっともね。



「凄いね!見た目のパフォーマンスもだけどお酒も美味しいよ!」


酔いが回っているのか菜月は俺に向かってにこぉっと笑った。


それに気を良くした俺は更に秘技を披露するため、店の広いスペースに酒瓶一つとジッポーを持って立つ。


しんと静まり返った店内でも、菜月の視線が俺に向いてるのが何とはなしに感じられてこそばゆい。




俺はアルコールが高い酒を口に含み、それを吹き出しながら火をつけた。


1メートルぐらいの炎が勢いよく眼前に広がる。


これもパフォーマンスの一つ。


習得するのにはかなり時間がかかったわざだけど、これで客寄せになるから覚えていて損はない。


ちなみにだが中井さんはこの技はできない。




ドヤ顔で中井さんを見ると、呆れたような顔で俺を見返してきた。


なんだよ、なんか文句あんのか!?
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