音匣マリア
菜月の先輩達をどうにかこうにかタクシーに押し込め、その中の意識が比較的保てていた一人に後の事は全部押し付けて帰宅させた。


それから菜月を抱えて中井さんの車に乗り込み、菜月の家まで俺も同伴で送り届けようとした。


途端に嫌そうな顔をする中井さん。


何その酸っぱい顔は。



「はぁ…。お前、本当に着いてくる気?」

「俺が着いていったらなんか不味いことでもあるんですか?まさか浮気?姉さんに言ってやろうか、ああ?」


言い忘れていたが、中井さんは俺の姉さんに惚れてるらしくて、お互いの仕事が休みの日にはたまに二人で一緒に出かけてたりしてるらしい。



コイツのそういうところも気にくわないんだ、俺としては。


それに菜月と知り合いだっつーのも気に入らねぇ。


大体にして、自分は姉さんにモーションかけてるくせに、俺には「菜月で遊ぶな」とか保護者面すんのも癪に障る。


まあ、中井さんは好きになったら相手に一途な性格してるから、どんなオンナに言い寄られても見向きもしないぐらいに几帳面で切実なとこだけは、俺も評価はしてるんだけど。



でも俺だって、菜月とは遊びで付き合う気なんか更々ないし。


初めて本気で惚れた女を弄ぶとか、いくら俺でもやらねぇよ。



「……ついたぞ。ここがナツの家。ついでだからナツの兄貴にも挨拶していくか?」

「そうっすね」


車の後部座席で、俺の膝に頭を乗せてすやすやと眠る菜月の寝顔を、このままいつまでも眺めていたい。


だけどお互い明日も仕事だとすれば、帰さないわけにもいかないし。


中井さんに促されるまま、渋々と菜月を抱っこして車から降りた。


その横で中井さんが玄関のインターフォンを鳴らす。



程なくして開かれたドアの向こうから、中井さんと同じ年頃の男が外に出てきた。


これが菜月の兄貴なのか?


中井さんと変わらない身長、細面に眠たそうな目。

髪の毛は無造作にあちこちにはねている。




中井さんは憎たらしげにその男を軽く睨んで悪態をついた。



「うちの姉妹店で酔い潰れてたナツを連れて来てやった。ついでにこないだお前が呑み倒したツケと一緒に請求書出すからな」

「いやツケはともかくナツの世話は俺が頼んだんじゃないし。それは本人に請求してくんね?」

「短大卒業したばかりの新入社員のナツより稼いでんだろ?仮にも高校教師だしな。これ以上ツケたらお前はうちの店、出禁にしてやるからな」



二人の掛け合いを見ると、かなり気心の知れた間柄だということがよく分かる。




俺が一言も発せず二人の応酬を見ていると、菜月の兄貴が振り替えって俺に矛先を向けた。


「でさ、コイツ誰?初めて見る顔だけど?」



疚しいことは何もないのに、俺は緊張して生唾をごくりと飲み込んだ。
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