音匣マリア
「あ…。俺は《パスクィーノ》ってクラブの店長をしている、海野蓮と言います。…菜月…さん、が、今日うちの店で酔い潰れてたから、中井さんに手伝わせてここまで連れてきました」


好きな女の家族に挨拶とかすげー緊張する。

心臓ばくばく。


後の言葉が続かなかったから、救いを求めるように中井さんを見た。



「……コイツはな、伊織の弟なんだよ」



苦笑した中井さんは俺を指差した。


伊織(いおり)は俺の姉さんの名前だけど、まさか菜月の兄貴も俺の姉さんの事は知ってんの?


「中井がなかなか告白できない女の弟、ねぇ…。初めて見たわ」


意地悪そうにその兄貴はニヤリと笑った。


「俺は北斗笥乃(ほくと けの)。佐瀬高校で教師やってる。何かの縁だと思って宜しくな、蓮…だったっけ?後でお姉さんの話を色々聞かせてよ」

「宜しく頼みます。つか、なんで姉さんの話?」

「まぁそれは追々と。それより菜月を抱えたままだと重いだろ?ソイツ部屋まで運んでくんない?」


笥乃さんは玄関の脇に退いて俺に道を譲った。

家の中に入れってこと?

菜月の部屋に入っても良いってこと?



それなら喜んで上がらせて貰いますけど!




菜月の部屋は二階に上がってすぐのところにあった。


女の子らしく調度品は無意味なキャラクター物で溢れてるし、ぬいぐるみがそこここに置かれている。



何より部屋の中は香水とも違う甘い香りで満ちていて。



早くこの部屋出ないと俺の理性がかなりヤバい。いやもうリミット外れる5秒前ぐらい。



菜月をベッドに寝かせて掛け布団を掛けてやり、階下に降りると笥乃さんがニヤニヤしながら俺を見た。


「蓮のアドレス教えろよ」


はあ?いくら菜月の兄貴でも、アドレスまではちょっと……。


男同士だろ?



「変な勘繰りしてんじゃねぇよ。伊織サンの事で、中井を苛めたい時の相談したいんだよ。伊織サンは中井の弱味だかんな」


はあ、そういう事ね。


「いや、それは良いんですけど。まさか笥乃さんもうちの姉さん狙ってたりは…」

「しねーよ。俺は中井の弱味を握りたいだけなの」


この人軽くサディストだな。


ふぅ、と溜め息をついて俺は笥乃さんに携帯を差し出した。


笥乃さんが自分の携帯にそれを付き合わせて赤外線でデータを交換するのを見守る。



……なんか頭が上手く働かないんだけど、これは俺にとったらチャンスなんだよな。




菜月は中井さんの知人だし。

中井さんの弱味を握りたい笥乃さんは俺と同類みたいだし。

笥乃さんと俺は仲良くできそうだし。



……菜月に近づくチャンスじゃね?







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