音匣マリア
その日の仕事帰りにショッピングモールに寄って、シルクの黒いフリルカーディガンとパステルカラーの春物ワンピを買って帰った。


別に、海野さんに気に入られたいとか可愛く見せたいとかそんな気持ちではないんだけど、一応は社会人としての身嗜みってやつかな。







――そして日曜日の朝、姿見の前で服装やメイクをチェックしている私。


鏡を見ても、あんまり乗り気じゃない私の顔がそこには写し出されている。


13時にはヨッシー達がうちに迎えにきてくれるって言うけど、実は今でもあんまり乗り気じゃないんだよね。


海野さんが私を気に入ったって言うヨッシーの言葉にはまだ実感が湧かないというのもある。


それに第一、出会ったばかりの海野さんのことも、私はよくは知らないし。






それでも、私だって今までに彼氏がいなかった訳じゃない。


けれど私は恋愛にのめり込むタイプじゃないのか、どの彼氏との付き合いも、いつだって淡白な感じだった。


デートは月に3回ぐらいでいいし、エッチなんてしなくてもいい。エッチが気持ちいいなんて思ったことないし。



どの人とも成り行きや合コンの流れで付き合って、いつのまにか自然消滅してたってパターン。


男の人から熱烈な告白なんかされたこともない。


相手の仕事が忙しいなら、わざわざ私から電話やメールを送ったりもしない。

可愛げないなんてよく言われるけど、そうまでして相手を縛り付けるのも嫌だし、逆に私も相手に束縛されるのも好きじゃない。


歴代の彼氏達は、私のそんなところに傷ついたみたいだけど、私としても嫌なものは嫌なんだから、こればっかりは変えようがないでしょって話だよね。


お気に入りのブルートパーズのピアスを着けた時、玄関のインターフォンが鳴らされた。


日曜で暇をもて余していたらしい兄貴が応対に出た。


「おい菜月!中井達が来たぞー」


続いて階段下から大声で私を呼ぶ。


はいはい、言われなくても聞こえてますよ。


踊るようにワンピースの裾を翻して家を飛び出した。



「バックレるかと思ったけどちゃんと来たな。ナツは後ろの席に座れ」

「伊織さんが助手席だもんね」


ヨッシーに車のドアを開けてもらって後部座席に座ろうとしたら、そこには先客がいた。


海野さん、だ。


気まずい訳じゃないけど会話に困る。


だって本当に何を話せばいいのか分かんないんだもん。






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