音匣マリア
金曜日とはいえ、平日の式場はいたって暇だ。


何をするでもなし、来客にコーヒーを出したり見学者に建物案内をしているうちに昼休みになった。


昼食を持ってきていない私は、近くのコンビニに足を運ぶつもりで財布と携帯を手に持ち外に出た。


しばらくして携帯が着信を知らせる。


誰だろうと訝しんで携帯を見ると、ヨッシーからの着信だった。


ヨッシーから電話がかかってくるなんて、珍しいこともあるもんだ。


兄貴が酔い潰れて困ってる、なんて電話ならたまにかかってくるけど、こんな時間にかかってきたのは初めてだよ。


不思議に思いながらも、取りあえずは電話に出た。


「はい、菜月だけど。ヨッシー?」


ヨッシーもクラブの店長をしてるから、今は勤務中じゃないんだっけか?大体5時頃に出勤するっていつだったか聞いたっけ。


なら今の時間は暇なのか。


『よぉ。二日酔いは大丈夫かお前。昨日は結構飲んでたからな』


なんだ。大した用事じゃないじゃんか。


「わざわざ二日酔いを心配して電話を寄越したの?大丈夫だけど」

『いやそうじゃねえよ。ところでお前、次の休みはいつだ?』


は?なんでヨッシーがそんな事聞きたいわけ?


「怪しい。なんで私の休みを聞き出すの?なんか企んでない?」


今までにヨッシーがそんな事を聞き出した事はない。


私の休日を聞き出したいのは、何かウラがありそうだ。


『いや、伊織がお前と映画に行きたいとか言い出してな。流行りの恋愛ものだとかで。俺と蓮も同伴するけど…。どうだ?」


いや、どうだって聞かれても、ねぇ…。


「次の休みは今度の日曜だけど。映画に行くなら伊織さんとヨッシー二人で行けば良いじゃん?二人のデートを邪魔したくはないし」


それに、《蓮》って昨日のバーテンの海野さんの事だよね?

私、あの人とあんまり話はしてないし。気を使うのが疲れそうだなぁ。


『邪魔じゃねぇよ。ていうか、蓮がお前と話したいっつってるんだよな。アイツえらくお前の事気に入ったらしいぞ』

「は?」


海野さんが誰を気に入ったって?


ちょっと待て待て。


『昨日お前フェアで花嫁役やったんだろ?ドレス姿のお前にヤラれたとかで、アイツ帰りの車ん中でもおかしいぐらいに惚けてた』

「……それは光栄至極に存じマスよー……」




確かに海野さんはカッコいいとは思うけど、でもあの人チャラそうな感じがする。


二股とかかけてそうに見えるけど……。



『アイツ今まで真面目に恋愛したことがなかったからな。あんなに腑抜けになった蓮を見たのは初めてだ。一回だけ会うだけ会ってやってくんない?伊織の弟だし』


ヨッシーめ、自分の恋の成就に私を使う気満々じゃん。


悔しいけど……。でもまあ、一回だけなら付き合ってやっても、いいかな?



「分かったよ。行き先とか時間とか決まったらまた教えて」


海野さんと二人きりって分けでもないし、これも付き合いだと思えば行くしかないか。



あまり乗り気ではなかったけど、ヨッシーに了承の返事をして通話を切った。



コンビニのお弁当を物色しながら、映画館には着ていく洋服なんてあったっけ、とぼんやり考える。


今日の帰りにでもショッピングモールに寄って行くか。
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