音匣マリア
映画の上映中も半分以上は菜月に気を取られていて、内容なんか覚えていない。

当の菜月はと言えば、場面が変わる度にくるくると表情を変えて映画にどっぷり感情を移入しているようで、俺の存在を意識しているとは思えない。


あれ、俺って空気なの?いてもいなくてもどうでもいいの?


菜月が手にしたポップコーンを取る振りをして然り気無く手に触れたけど、それにすら気づいていない。


人見知りなのか鈍感なのか、よく分かんねぇな。





そうして菜月を眺めているうちに、映画はいつの間にか終わっていた。




映画を観終わって館内から出ると、待ち合い椅子に姉さんと中井さんが座っていて、どうやら俺達が観終わるのを待っていてくれたようだ。

何もみんな一緒に行動しなくてもいいんじゃないかと思うんだが。



「姉さん達は映画終わってから、ここでずっと待ってたわけ?」


中井さんが姉さんを連れ回したら、それはそれで気が気じゃないからな。



「うん、みんなで一緒にお茶でも飲みたいなって思って待ってた。どうかな?」


姉さんが菜月に向かってそう聞いた。


「いいよー。どこに行きたいの?」

「隣のショッピングモールにあったわよね。」


菜月が姉さんに答えて同意した。


姉さんに対する菜月の態度からは、警戒心が感じられない。少し羨ましいが、それだけ打ち解けた間柄なんだろう。



中井さんと同席なのは腑に落ちないが、菜月や姉さんが喜ぶならと、中井さんと並んで俺は渋々後に続く。




コーヒーショップでは皆で他愛ない話をして過ごした。


菜月と二人きりで過ごせるなら山ほど聞き出したい話もあるのに、お節介な中井さんや姉さんが同席してる以上は菜月にばかり話しかけることも出来ない。





1時間ほどもその店で駄弁っていたが、さすがに会話が無くなってきた。



菜月との距離をもう少しでも縮めたい。今日はこのまま別れるとか、収穫が無さすぎだろ?


頼むから姉さんと中井さんが別行動とってくんねーかな。

いつもなら中井さんが姉さんにくっつくのには反対してるけど、今日は特別。


中井さんにそんな感じで俺が言いたいことを目で訴えていたら、すぐに理解してくれたのか、ニヤリと笑って頷いてくれた。







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