音匣マリア
「さっき薬を買いたいって言ってたよな、伊織。いつもの薬局にでも行ってみるか?」

「でも菜月に悪いし…」


やるじゃん中井さん。使えるぅ。

姉さんは菜月を案じて顔を曇らせたが、安心させるように俺が次いでフォローした。



「菜月は俺が送っていくから大丈夫。姉さん達はそのまま帰っていいよ」


菜月に何も言わせず無理矢理姉さんと俺で話を進めていく。


若干不安気な表情を見せる菜月の手を取って、姉さん達に手を降って見送った。


「ここからだとうちまでの直通のバスが無くて時間がかかるから、私はひとりで帰るよ?伊織さん達と一緒の方が蓮さんもいいでしょ?」


謙遜なのか、それとも俺を厄介払いしたいのか、菜月は小声で呟いた。だけど。



俺はまだ、菜月と離れたくないんだよ。



「帰りはタクシー拾って送ってくから。それより、ここのすぐ近くにレジャーランドがあるだろ?そこ行ってみね?」

「ああ、カラオケとかボーリングとかあるとこ?」


さすがにいきなり二人でカラオケはまずいだろ。



「それもいいけど、ビリヤードとかダーツがやりたくてさ。やったことある?」

「んー。そういうのはやったことない、かな。楽しいの?」


さっきまでの気だるそうな様子とは変わって、菜月はレジャーランド行きに興味を示した。


菜月の気が変わらないうちに移動しよう。





ビリヤードもダーツも初心者の菜月のために遊び方を教えてやった。



菜月に体を密着させてダーツの持ち方を教えている間も、表面上ではポーカーフェイスを気取っていた俺。


だけど、内面では昂る欲望を押さえるのに必死だったんだ、これでも。



菜月の小さな肩に自分の腕を回したときや、さらりと揺れる菜月の髪が頬に触れて、甘い香りが漂うとき。


ダーツが的に当たって、跳び跳ねてはしゃぐ菜月を見ていて飽きないって思うから、俺はもう末期的かもな。



菜月が、好きなんだ。




その一つ一つの所作に体が衝動的に動きそうになるのを堪えた。


その体をすっぽりと包んでみたら、どれだけ満たされた気分になるんだろうか。








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