天使の歌

「有り難うございました〜!」

硝子のドアから出て行く お客に向かって声を掛け、キュティは再び、作り掛けの花束へと目を落とした。

26歳に なったキュティは、神崎家が運営する花屋の店長を勤めている。

人界の日本と言う国は、戸籍が無いと、普通の お店では雇って貰えないらしい。

人界に来た時は16歳だったキュティは、本来なら高校に通う年齢だったが、小学校も中学校も通った事が無いし、やはり戸籍が無いと言う理由で、神崎家に仕事を貰う事に なった。

神崎 音葉(かんざき おとは)。

それが、今のキュティの名だ。

アメリカ人やフランス人ならば、片仮名の名前も有り得るらしいが、流石にキュティと言う名前は ちょっと、と桜は苦笑いし、音楽が好きなキュティの為に、義父である草司さんが考えてくれた。

「よし!」

注文した お客が来店する時間の数分前に花束を作り終え、キュティは にっこりと笑った。

そうして店内を見渡して、真っ赤な薔薇を目に留め、キュティは微笑した。

――セティ。

綺麗な紅い瞳の彼。

もう、会えない彼。

大好きな彼が、見守ってくれている。

そう信じて、この10年間、知らない世界で生きて来た。

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