リンゴの赤に誘われて
リンゴの赤に誘われて
「あ……」

 買ってきたリンゴが手から滑り落ちる。
 その赤が目に焼き付く。

(リンゴ一個を支える事もできないなんて)

 転がるリンゴを呆然と見つめながら、自分のアパートの玄関口で立ち尽くした。

「あの……落ちましたよ?」

 少し傷のついたそのリンゴを拾い上げ、清潔そうなシャツを羽織った若い男性が私の目の前に立った。
 この人は……先日隣に引っ越してきて、挨拶のクッキーを配ってくれた人だ。

「すみません」
「いえ、重そうですね……持ちましょうか?」

 抱えていたスーパーの袋を見て、彼がそう声をかけてくれた。

 私は事故にあってから、左手でほとんどの力仕事をする。
 それでも、ちょっと右手で何かをしようとしると今みたいな事になってしまう。

「あの……」

 私が何かを言う前に、男性は軽々と荷物を持って私が鍵を開けるのを待っている。
 断るのも逆に失礼かと思って、私はそれに甘えた。
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