トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
今の私は、空を見上げているというよりも、虚空を見ている気分でしたが。
「逃げるな」
頬を両手で挟まれ、ぐりんと浪瀬の方へ向けられる。
現実よ、再び。
こうなったら。
「痛い痛い! 骨折れたー慰謝料払えー」
「小学生か」
「大人でもやるネタでしょう」
「それチンピラじゃねぇか」
「チンピラ上等。チンピラはチンピラらしく覚えとけよ! とでも叫んで……」
「逃すわけねぇだろ」
「もうっ、しつこいなぁ」
「お前がな」
それなら必殺。
「しつこい男は嫌われるわよっ」
キャピッ!
ウインクに頬を人差し指でぐりぐり。
どうだキモいだろう。
引くがいい。
浪瀬の表情を窺うと、彼は頬を染めている。
うわ、引いた。
何の拷問コレ。
一瞬思考が飛んだ隙に、私は彼の腕の中にいた。
「なにお前、可愛すぎんだけど」
耳元で掠れた美声に囁かれ、私は完全に固まった。