トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
閉じゆく電車に滑り込んで、まず着いたのは映画館。
「デートといったら映画だろう?」
「ごめん、趣味じゃない」
「ここまで来といてそれはないわ」
「貴様が無理矢理引っ張って来たんでしょうが」
私は何度も止まれと言った。
「……そうか、じゃあこれは無駄になるな」
言って、浪瀬は2枚の短冊を寂しそうに見る。
耳と尻尾を垂らした犬のようだ。
こいつ、すでに入場券を買ってたのか。
………はぁ。
仕方ありませんね。
私は浪瀬の手から1枚の短冊を抜き取る。
「映画に罪はないからね」
「流石は野枝の貧乏性」
「だって勿体無いじゃない!」
しょぼくれた表情は何処へやら。
私が行くと決めた途端、バカにしたように笑いやがります。
詐欺師め。
「とっとと席座りましょ」
「ああ」
「っ!」
入り口に歩くと、左手の指と指の間に温かいものが滑り込んできた。
抜き取ろうと振り回すが、離れない。
「嬉しい気持ちもわかるけど、周りの人に迷惑だからやめような」
嬉しくねぇですよ。
嬉しくて暴れてるんじゃねぇんですよ。
だからそんな照れたような、微笑ましいものを見るような目を向けてくれるな。
髪の間から覗くそれが、怖い。
不本意ながら手を引かれ、席に着く。
程なくして始まったのは、話題のアニメーション映画。
手を繋いだままで観る映画は、手汗が気になってしかたがない。
映画が終われば、近くのファミレスに入る。
お昼時を少し過ぎたところだが、幸い早くに席に案内された。
注文を終え、氷水のグラスを回していると。
「面白かったな」
向かいに座る浪瀬が言う。
「そうですか」
私は貴様のせいで、内容どころじゃありませんでしたけどね。
冷えた水を一口含む。
「野枝の顔が」
「映画の話じゃないのかよ」
お金払って映画見て、なんつー感想を抱くかね。
見飽きた平凡顔より、美麗な絵に注目なさい。
制作に携わった方々に失礼だとは思わないのですか。
まあ、彼のお金だから彼の自由なんだろうけども。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
店員の運んできた豆腐パフェにスプーンを刺す。
「昼からパフェかよ」
「だって期間限定よ、食べねばなりませんよ」
「変な使命感だな」
「人は新しいものには目がない生き物なのです」
豆腐アイスうま。
トッピングの醤油との相性もなかなか。
隣の味噌アイスも意外性あっていいわ。
「だったら俺は人でなしか?」
浪瀬の前にあるのは、定番のハンバーグ。
「そうとも言いますね」
いつでも食べれるようなものに興味はない。
「定番を押さえてこその派生だろ」
「どこにでもあるメニューはちょっと……」
「店によって違うし」
「家でも作れるし」
「いつまでもメニューにあると思うなよ」
「食べ損ねても後悔はないわ」
「つか、普通パフェは食後だろ」
「パフェは主食よ」
意見の相違。
だが私と浪瀬は、こんなことで揺らぐ関係ではない。
………揺らいでくれていいのよ。
「女子ってわかんねぇな。そんだけで腹足りるのか」
「それはきっと、道中見つけた美味しそうなものを食べ歩きするために、わざと空けているのですよ」
「そんなものか」
「そんなものよ」
「ぼっちなお前が食べ歩きとか…………虚しいな」
「だまらっしゃい。鼻で笑うな」
私は一般論を推測で述べただけであって、むしろ自由行動できるぼっち万歳!
それよりも、気になったことがある。
浪瀬は過去、ほにゃらら又していた実績を持つ男だが。
「今までデートとかどうしてたの?」
「俺は外では会わない主義だ」
「………そーかい」
なんなら今すぐ解放してくれてもいいのよ。