♡祐雫の初恋♡
「坊ちゃま、また裏門からいらっしゃったのでございますか」
庭師の貞吉(さだきち)は、丁寧に慶志朗へ頭を垂れる。
他の若手の庭師たちも仕事の手を止めて、
遠くから慶志朗へ頭を下げていた。
慶志朗は、毎回、表門から入らずに、
気安く裏門から入るのが常だった。
「こんにちは。
貞さん、余りに暑かったので、表へ回らずに裏門から来ました。
ここは、貞さんのお陰で、
夏でも涼しくて過ごしやすいものですから。
婆さまは、いらっしゃいますか」
慶志朗は、貞吉へ快く会釈を返す。
「はい、ご在宅でございます」
貞吉は、頭に巻いた手拭を取って、祐雫へ丁寧に頭を垂れた。
「坊ちゃまの嫁さまですか。
お初にお目にかかります。
庭師をしております貞吉です」
貞吉は、大きな声で挨拶をしながら、
庭師の勘を働かせて、祐雫を一目見るなり、
八重桜を思い浮かべる。
慶志朗には、豪華な花よりも樹花が似合うと直感する。
「貞さん、祐雫さんです」
慶志朗は、祐雫の肩に手を回して、気軽に紹介する。
「こんにちは。祐雫と申します。
涼やかなお庭でございますね」
慶志朗は、祐雫を紹介して、
貞吉の耳元で「嫁さまは早過ぎです」と照れながら囁いた。
祐雫は、貞吉の日焼けした顔に、庭師としての誇りを感じ、
先程までの灼熱の陽射しが、計算し尽くされた庭に立ち入ると
涼やかになっていることに感嘆していた。