籠の中
 あれから一年の時が経ちました。幸雄さんはお元気でしょうか。今、私はイタリアで絵の勉強をしています。ときにデッサンをし、ときにヌードモデルとして、研鑽を積んでいる次第です。私があなたと交わった夜(あなたも感じたかも知れませんが)全てが吹っ切れました。そして自分の中で何かが変わり、何かが生まれました。具体的にはわかりません。それはあなたならわかってくれるものと思っています。なにせ私の初めての相手であり、姉が愛した人でもあるからです。おそらく今後永久に、あなたと私が会うことはないと思います。突然、消えて、連絡もせず申し訳ありませんでした。あのままあなたという人と一緒にいたならば、好きになってしまいそうで怖かったのです。それはそれで新しい光景の連鎖が紡ぎ出されるのかもしれませんが、私は一人で別の道で挑戦したいという気持ちが強かったのです。挑戦に明け暮れたことがあるあなたなら理解してくれるのではないでしょうか。それに、あなたはやはり姉の幻影と私を重ね、私という実体を、私自身を包み込んでくれないと思ったのです。間違っているでしょうか。でも、もうあの日の私はいません。あなたもそうなのではないでしょうか。それがなんとなくわかるのです。あなたも蛇が脱皮し新たな滑りを帯びるようように、少なからず前よりは確実に変化したのではないでしょうか。それが私にはわかるのです。それが私の絵にも表れてるし、私の一つひとつの言葉にも表れています。あなたはまた私と肉体を重ね合わせたいですか。先程言ったことと矛盾しますが、できることなら私は重ね合わせたいです。はじめての経験というものは忘れ難いものです。今、ビールを飲みながらこの手紙を書いています。あの時の五感が思い起こされます。それが自然なことなのでしょうね。最後になりますが、お元気で。はじめての人。 由美
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