◇桜ものがたり◇

 鶴久院長の往診で、八千代は、疲労からくる一過性の貧血で、

 安静にしていれば大事には至らないとのことだった。


「祐里は、しあわせなのじゃな」

 八千代は、深い睡眠から覚めて診察を終えると、

 側に座っている祐里に話しかける。


「お爺さま、私は、とてもしあわせでございます。

 父母を三歳で亡くしてから現在まで、

 このお屋敷で大切に育てていただきました。

 そして、何よりも光祐さまが私を力強くお守りくださいます」


「そのようだな」

 祐里のしあわせな表情に反して、

 八千代は、こころを曇らせていた。


 祐里が春樹の娘だと分かった以上、

 守人の交代の時期を迎えている神の森へ

 是非とも連れて帰らなければならない。

 祐里の癒しの力は、

 今の神の森に必要不可欠なものだと瞬時に感じられた。

 三歳の時に八千代が引き取り育てていれば、

 祐里の力は、絶大なものになっていたに違いなかった。


 春樹には、その力が分かっていたに違いない。

 だからこそ、神の森に居所を突き止められた春樹は、

 祐里の俗世間でのしあわせを願って、

 自分の魂と引き換えに結界を張り巡らして、

 祐里を守ったのだろう。

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