◇桜ものがたり◇

「御婆さまは、ご病気になられてからは、

 お側に寄せてはくださらなかったのでございますが、

 お亡くなりになられる直前に私をお呼びになり、

『この桜の樹は、桜河のお守りの樹だから、

 祐里がわたくしの代わりに大切にしておくれ』

 とおっしゃいました。

 それからは、毎日、桜の樹へお話に行くことにいたしました」

 祐里の胸の中には、優しい御婆さまの笑顔が蘇る。


 濤子さまは、遠退く意識の中で、

 しっかりと祐里の手を握り締めて、桜の樹を継承したのだった。


「御婆さまは、大層桜の樹を大切にされていたし、桜と同じくらい

 祐里のことを可愛がっておられた。

 御婆さまは、ぼくと祐里の味方だったものね。

 御婆さまがご存命でいらっしゃったら、

 ぼくたちの結婚をお慶びになられるはずだよ」

 光祐さまは、いつも背筋を伸ばして、お屋敷の采配をしていた祖母が、

 光祐さまと祐里には相好を崩し、

 厳しい顔を見せたことがなかったのを思い出していた。


 光祐さまは、御婆さまが愛しんだ祐里を

 いつの日にか旦那さまも認める日が来ることを信じたかった。

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