◇桜ものがたり◇

 その時、奥さまの足音が聞こえてきた。


 文彌は、足音に驚いて祐里を離した。


 その振動に祐里は、正気に返って、胸を撫で下ろす。


「祐里さん、文彌さん、

 午後は陽射しが強うございますので、テラスでお茶にいたしましょう。

 祐里さん、紫乃にお茶の用意をお願いしてくださいね。

 文彌さんは、テラスへご案内しますのでこちらへどうぞ」

 奥さまは、時間を見計らって台所に行き、

 紫乃にお茶の用意を催促すると、祐里を心配して、自ら庭園に足を運んだ。


「はい」

 奥さまの申し出では文彌も断れず舌打ちをして、

 祐里を振り返りながらもテラスへ向かった。


「はい、奥さま。すぐにお茶をお持ちいたします」

 祐里は、ふぅーと安堵の溜息を吐いて、何事もなかったかのように、

 台所へ向かう。


 途中、桜の樹の横を通りかかると、その幹に触れて、

(桜さん、どうぞ祐里をお守りくださいませ)と念じた。




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