◇桜ものがたり◇
「祐里さま、お顔の色が悪うございますが、
帯がきついのではございませんか。
昼食会がお見合いの席とはびっくりいたしました」
紫乃は、心配して祐里の帯を心もち緩め、文彌に抗って乱れた襟元を正す。
紫乃は、突然に降って湧いた祐里の見合いに驚いていた。
口には出せないけれど、旦那さまの意向とはいえ、
三歳の時から育(はぐく)み、台所仕事を手塩にかけて教えてきた祐里を
嫁に出したくないと強く思っていた。
「ありがとうございます、紫乃さん。楽になりました」
不安でいっぱいな祐里の心情を察した紫乃は、祐里をしっかりと抱きしめる。
祐里は、紫乃の優しさの中に融けてしまいたかった。
「さぁ、祐里さま、お茶は、紫乃と菊代で運びますので、
どうぞお先にテラスへお越しくださいませ」
祐里は、紫乃の優しさに触れて、少しだけ元気を取り戻すと、
足取り重くテラスへ向かった。
文彌は、テラスへ戻る途中、
同じくテラスへ向かう光祐さまと廊下で鉢合わせ、
互いに敵対心を燃え上がらせる。
「光祐坊っちゃん、大切にし過ぎた祐里を美味しくいただかせてもらうよ。
僕は好物から先に食べる性格だからね」
文彌は、光祐さまの心情を逆なでするように、嗤って耳元で囁く。
光祐さまは、無言のまま、傷付いた掌をなお握り締めた。