◇桜ものがたり◇
翌早朝、
奥さまは、真剣な表情で光祐さまの部屋を訪れた。
「おはようございます、光祐さん。
わたくしは、貴方が帰省されているのに心苦しいのですが、
今回だけは、旦那さまのお考えに添うことができません。
しばらく東野の里に帰ります。
わたくしの留守の間は、紫乃に家事を任せますが、
わたくしの代わりに旦那さまと祐里さんをお願いしますね」
奥さまは、光祐さまの手を握りしめて、固い決意の表情で頷く。
「はい、母上さま。
ぼくは、父上さまへ祐里のことをお願いしてみます」
光祐さまは、奥さまの手を握り返して、強く頷き返した。
それから、奥さまは、旦那さまに置き手紙を残して、
紫乃に家事を委任すると森尾の車で、実家へ帰って行った。
光祐さまは、朝食の食卓に着きはしたが、
怖い顔で旦那さまを見つめ、無言のままで通した。
いつもは、にこにこと愛らしい声で受け答えをする祐里は、
泣き腫らした瞳を気にして、俯いたままで食事をしていた。
旦那さまは、久しぶりに家族が顔を合わせたというのに、
奥さまと光祐さまの抵抗に遭い、どうしたものかと考えていた。
奥さまが嫁いで二十年、今までに旦那さまに逆うことはなく、
そのことでも旦那さまは、心を痛めていた。