◇桜ものがたり◇
「それで、旦那さまや奥さまと呼んでいるのだね。
ぼくには、お二人が、姫のことを実の娘のように可愛くて仕方がないと
思っていらっしゃるように感じられるよ。
姫が頭を下げる必要なんてないよ。
姫は、素敵な女性なのだから誰にも引けを取らないし、
気兼ねすることもないさ。
姫の誇りを汚す失礼な野獣の言うことなんて、気にしないほうがいい。
姫は、誰がみても、桜河家の気高き姫なのだからね」
柾彦は、上着から漂う葡萄酒の香りと、
隣に座る祐里の甘い香りに酔いしれていた。
(慎ましやかでありながら、
誰よりも気品を感じさせる美しさを持ち合わせた祐里が、
気にする立場とは、いったい何なのだろう)
と、祐里の美しい顔立ちを見つめながら考える。
「柾彦さまは、本当にお優しい方でございますのね。
光祐さまも、そのようにおっしゃってくださいます」
「兄上さまのこと」
「はい。今は都の大学で学ばれてございますが、
とても頼もしくて、お優しい御方でございますの」
祐里は、頬を桜色に染めて遠くの光祐さまを想う。
柾彦は、祐里の瞳が隣にいる自分を透り越して、
光祐さまに注がれているのを感じた。
それでも、野蛮な文彌のような男から祐里を守りたいと、こころから思う。
祐里といると、柾彦のこころは満たされ、安らぎを感じることができた。
柾彦にとって祐里への想いは、初恋のようでもあり、
姫を警護する『守人』の使命感に溢れていた。