ポケットに婚約指輪

里中さんは私をじっと見詰めた後、「じゃあ」と鞄の中を探った。


「これ、あげます。俺が持ってても仕方ないものだし。きっかけがあれば手放したかったものだから」

「え?」


彼が差し出したのは指輪のケースだ。


「え? でも」


戸惑う私をよそに、彼は私の手にそれを押し付けると、手を振って歩いて行ってしまう。


「あのでも、これ」

「いいから。失くした指輪の代わりにしてください」


大きな声で叫ぶと、大きな声で返事がきた。

追いかけようにも足は痛いし。
私は諦めて彼を見送って、その姿が見えなくなった頃、手の中のケースを開けた。


「……嘘」


そこに入っていたのは、上質な光沢をもつプラチナのリング。
真中にダイヤモンドが飾られている。

これは、四万七千円どころじゃない。
本物の輝きがここにある。
< 15 / 258 >

この作品をシェア

pagetop