いつか君に届け
孤独
『慶ちゃん!おかえり!七夕に赤ちゃんが生まれたよ。慶ちゃんの弟だからよろしくね。ゆうのしんって名前をお父さんがつけてくれたよ。抱いてみる?』

『い、いえ。僕は着替えたらすぐ塾に行きます』

壮ちゃん。僕に2人目の弟が生まれました。七夕に生まれたそうです。そうだ。僕も誕生日だったんだ。忘れてた。もう11歳になったよ。壮ちゃんはもう僕の事を忘れたかな?2人目の弟は僕と同じ誕生日みたいだよ。壮ちゃんは僕の誕生日をお祝いしてくれたね。4歳、5歳、6歳の3回だけだから誕生日ももう忘れてしまいました。学校も楽しくありません。今日はクラスメイトと喧嘩をしました。僕の勉強の邪魔をされると腹が立ちます。だってあいつらは自由で毎日遊んで悩み事もなさそうなぐらい頭も悪いし僕は公立で友達を作る気はしません。私立に落ちるとこんなレベルの奴らと付き合わなければいけないんだね。授業だって出席しているだけで僕は塾の勉強をやっています。喧嘩には勝ちました。僕は強いのかも知れない。壮ちゃんは友達を作りなさいって言っていたけど僕には必要ありません。受験の邪魔でしかない奴らなのにどうして友達を作る必要があるの?それに僕は1人に慣れてしまいました。家でも学校でも1人でいる方がラクです。もう壮ちゃんにだって会えないんでしょ。僕は孤独なの?でも誰かと関わる方が面倒です。人と関わると傷つけてしまいそうだから。僕は何の為に生まれたのかな。将来の夢もありません。ただ今は中学受験に合格する事だけが僕の希望です。合格すればお母さんも許してくれると思うから。その為だけに僕は生きます。

『慶太郎!ちょっと来なさい』

『はい』

『お前こんな単純な計算ミスして受かると思っているのか?また同じ過ちを繰り返す気なのか?家庭教師の先生は合格圏内にいると言っているんだ。余計な事を考えているのか?何を考えているんだ?』

『すいません。確認を怠りました。もう二度とそんなミスはしません』

『塾だけでは足りないんだぞ。家庭教師の先生にもっと来てもらうか?学校には適当に出席さえしていればいい。23時から2時間毎日に増やすぞ』

『はい』

『今月のお小遣いだ。足りているのか?』

『はい。足りています。あっ!でも塾への定期を落としました』

『またかお前は。今20万しか現金はないけど足りるか?』

『はい。たぶん足ります。ありがとうございます。お父さん!僕が魁聖に受かればお母さんは喜んでくれますか?』

『当たり前だろ。だから頑張りなさい』

『はい』

『あっ!慶ちゃん!メロン食べない?慎ちゃんと一緒に!北海道から取り寄せたやつだから美味しいよ!』

『僕はいいです。勉強してきます』

『慶太郎は今大事な時期だからあいつにかまわなくていいよ。放っておいてやってくれ。君は悠と慎二郎を育ててくれればいいんだ。慶太郎には家政婦がいるしお金も渡しているから困っている事はないはずだよ。そうだな?慶太郎!』

『はい。僕にかまわないで下さい。じゃあ塾の宿題があるので失礼します』

『あっ!ごめんね!慶ちゃんの邪魔して』

壮ちゃん。元気にしていますか?もうすぐ僕は6年生です。つまらない小学校生活もあと1年の我慢だから頑張ります。家庭教師が来て夜遅くまで勉強しているので学校には遅刻したり行かなかったりするけど別にお父さんは怒らないしテストの点だけ良ければいいんです。塾にだけちゃんと行けばいい。僕の努力はまだ足りないのかな?あとどれくらい努力すればいいんだろう。

『慶太郎!明日の受験は俺が試験会場まで送っていくからしっかり頑張りなさい』

『はい。わかりました』

壮ちゃん。僕は明日大事な受験なのに風邪をひいたみたいです。でも大丈夫。僕に次はないから絶対頑張るよ。6年間頑張ってきたんだから無駄に出来ない。

『慶ちゃん!合格発表だね。送っていこうか?』

『いえ。大丈夫です。自分で見てきます』

『そう。気をつけてね!行ってらっしゃい』

『はい』

壮ちゃん。今日やっと合格発表です。お母さんに会えるかも知れません。僕は全力でやりました。もうこれ以上頑張れないくらい頑張りました。あっ!あった。受かった!やったー。

『もしもし?お母さんですか?慶太郎です。お母さん!僕魁聖中学に合格しました!』

『そう。慶太郎。合格のお祝いをしてあげるから家に来なさい。待ってるわよ』

『はい!ありがとうございます!すぐに行きます!』

壮ちゃん!僕合格しました!僕の努力が報われた気がします。お母さんがお祝いをしてくれるって言ってくれました。僕はやっと許されるのかも知れません。お母さんに会えるんです!ちょっと遠いけど1時間ぐらいでお母さんに会えます。嬉しいよ。

『もしもし?お父さん?慶太郎です。僕受かりました。これからお母さんの所に行ってきます』

『もしもし?慶太郎?受かったか!よくやった!慶太郎!お母さんの所に行くのはやめなさい。家に帰って待っていなさい。なるべく仕事を早く切り上げて帰るから美味しい物を食べに行こう。わかったな?じゃあ忙しいから切るぞ』

『はい』

どうして?合格したらお母さんに会ってもいいんじゃなかったの?お父さんは嘘ばっかりだ。お母さんはお祝いしてくれるって言ってくれたのに。僕はお母さんに会いたい。

『お母さん!慶太郎です!遅くなってすいません。開けて下さい。お母さん!お母さん!居ないんですか?お母さん!開けてもいいですか?』

お祝いをしてくれるって言ったからお母さんは買い物にでも行ってるのかも知れないと思って30分ぐらいは玄関の前で待っていた。でもまだ寒い季節で僕はお母さんのマンションの鍵を取り出し初めて鍵を開けて家の中に入った。

『お母さん?お母さん?なんで?どうして?お祝いしてくれるんじゃなかったの?もしもし?救急車をお願いします。お母さんが、僕のお母さんが死んでいるみたいです』

壮ちゃん。もうなんだかよくわからないけど僕はやっぱりお母さんには許してもらえないみたいです。もう許される方法が僕にはわかりません。合格だけが僕のわずかな希望だったのにそんなことでは許されないみたいです。僕はこれからどうしたらいいんだろう。

『君の名前を教えてくれるかな?』

『高見慶太郎です』

『君のお母さんで間違いないんだね?』

『はい。僕のお母さんでした』

『お父さんと連絡は取れるかな?』

『会社に電話をしてください。でも離婚しています。新しいお義母さんがいるのでお父さんの会社に連絡をしてください。新しいお義母さんにはまだ赤ちゃんがいるから迷惑をかけられません』

『君はしっかりしているね。ではお父さんの会社の方に連絡してみるから待っていてね』

『はい』

壮ちゃん。お母さんは僕の事がやっぱり嫌いだったんじゃないの?だってお母さんの声はなんだか怒ってる感じだったように思うしおめでとうとは言ってくれなかった。壮ちゃん。僕は今本当に孤独の中にいるみたいだ。1人に慣れていたのに。なんだか見渡す限り真っ暗で誰一人いない中僕1人が取り残されてるみたいな感じがするよ。これが本物の孤独ってやつなのかな。ただ今の僕は力が入らないまるで蝉の抜け殻みたいだ。
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