いつか君に届け
心の傷
夏休みに入って日に日に慶太郎の生活態度が堕落してきたな。俺が夜勤もあるし忙しい事を理由に相手をしてやれる時間がないのは確かだがそれでも俺は時間の許す限りお前と真剣に向き合ってきたつもりだ。所詮俺の自己満足かな。慶太郎!お前は今、何を考え何を思っているんだ?言ってくれよ。血の繋がりがなければやっぱりわかり合えないのか?家族であってもわかり合う事が難しいもんな。そんな時代だからって言い訳はしたくない。ダメだな!俺が弱気になってどうするんだ?子供ってのは敏感に察知するんだよな。慶太郎はもう中学生だから子供扱いするなって言うけど責任も取れない、1人で生きていく力もないお前はまだ充分子供だよ。子供は子供らしく甘えてなきゃ強がっていてもお前の心はまだ幼く脆いんだよ。甘える事を許されなかったお前だから甘え方がわからないんだろうね。慶太郎!俺はお前にどれだけの事を教えてやれるだろうか。生きる上で大切な何かをお前に少しでも伝える事が出来るんだろうか。お前と暮らし始めてまだ半年だ。出来る限り時間を共にしたいと思っているからお前に門限を与えているんだよ。

22時を過ぎても帰ってこない慶太郎を待っていた俺の元に突然鳴り響いた電話は警察からだった。無免許でバイクを運転し警察に追われた際転んだが慶太郎には幸いたいした怪我はなかった。しかし慶太郎が後ろに乗せて走っていた同じ歳の女の子が亡くなってしまった。お前は何をやっているんだよ。一生消えない傷をいくつ作る気なんだ。お前はそれでも生きていかなきゃいけないんだよ。

『慶太郎!お前は何をやったかわかってるのか?お前は大丈夫なのか?』

『わかってるよ。人殺しだよ!俺は人殺しの殺人犯だろ!』

『そんなことを言ってるんじゃない。確かにお前がやった事は許されない。俺は、俺は、お前が大丈夫なのかって言ってるんだよ!お前はそれでもちゃんと生きる事を選んでくれるのかって聞いてるんだ!それらも背負ってそれでもお前は生きてくれるのか?って聞いてるんだよ!バカ野郎!』

『知らねーよ。死ぬ時は死ぬんだ。ただそれだけじゃん』

『悪かったよ慶太郎。あの頃お前を抱きしめていたらって何度も後悔したんだ。小さなお前が親の愛情を求めているのをわかっていて俺は一番近くにいたくせにお前に情をかけてはならないとあえて厳しく突き放した。何度も抱きしめてやりたいと思っていたんだよ。でも俺はただの使用人でお前の小学校受験が終わるまでの所詮契約社員である身でありながら中途半端な情などかけては余計辛い思いをさせるだけだと思ってお前を抱きしめてやる事を咎めていた。強い子に育ってくれと願う事しかあの時の俺は出来なかった。でも間違っていたよ。やっぱりあの頃の幼いお前を抱きしめてやるべきだったね。ごめんな慶太郎!お前は愛を欲していた。たとえ親の愛に勝らぬとも小さな小さなお前が求めているものに俺は応えてやるべきだった。慶太郎!ごめん。俺は見て見ぬフリをして自分自身の力の無さに言い訳をして逃げただけだ。悪かった』

『壮ちゃん。俺を抱きしめてくれるのはこれで二回目だね。壮ちゃん!迷惑かけてごめんなさい。壮ちゃんはあったけーな。俺は死ぬまで生きるからもう心配しないでよ。他人の俺を引き取ってくれてありがとう。俺チビの頃壮ちゃんにお尻叩かれる度に痛くてわんわん泣いたけど壮ちゃんの愛情をたぶん感じていたよ。愛情ってどんなものなのかよくわからないんだけど。初めて抱きしめてくれたのは中学校に入学する前だったね。俺はあの日初めて人の温もりに触れて泣いたんだ。お母さんがいなくなったから泣いたんじゃなくて壮ちゃんがあったくて泣いたんだよ。ありがとうございました。壮ちゃん!短い間だったけどお世話になりました。もうこれ以上壮ちゃんに迷惑かけられないから俺は児童相談所を出たらどうせ私立中学は退学でしょ?親父の家に戻って公立の中学へ通うよ』

『慶太郎!何の力にもなれず本当にごめんな』

『なんで?なってたよ!力になってた。壮ちゃんだけが俺と真剣に向き合ってくれたじゃん。俺を見ててくれた。わかってたよ。わかってても俺が逃げ出したんだ。俺が弱すぎたからだよ。さようなら壮ちゃん』

慶太郎!どんな事があっても負けないで生きてくれよ。俺はお前の傷を結局癒せないまま新たに傷を増やさせただけだったな。父親失格だよ。俺は本当に無力だ。どうか神様13年間辛い思いをしてきた慶太郎にこれからはありきたりな小さな幸せで充分ですからもうこれ以上苦しみを背負う人生だけは用意しないでやってください。お願いします。
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