月夜の翡翠と貴方【番外集】


「だれ、と思ったわ。どうやって庭へ入ってきたのか、わからないけど…その子、屋敷の壁のそばにそれを置いて、汚れた服のポケットから、マッチを取り出した」

ルトは小さく、目を見開いた。

…まさか、その子は…


「…火を、つけたの。草や藁に。目の前で燃え上がって、私は思わず悲鳴をあげた。それに気づいたその子がこちらを向いて、笑ったの」

ロゼは自身の肩を抱きしめると、「まるで」と震えた声を出した。


「…悪魔の、ようだった。楽しそうに、愉快そうに、笑ったのよ。首につけられた鉄の輪で、奴隷の子だと気づいたけど。すぐに火は屋敷に燃え移って…」


肩が、小刻みに揺れる。

こちらから、彼女の顔は見えない。

ルトは静かに、目を伏せた。


「目の前で、屋敷が燃えていくの。恐ろしくて、信じられなくて…声も出なかった。奴隷の子は狂ったように笑って、それで…」

火の海に、飛び込んだのよ、と、涙声の彼女は言った。


…きっと、この格差の世界に、狂ってしまったのだろう。

奴隷として生きることに絶望した子供は、ロゼの家にその苦しみをぶつけて、死んでいった。

目の前で屋敷が燃え、子供が死んでいく。

七歳の少女にその光景は、あまりに衝撃的すぎたのだ。


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