副社長は溺愛御曹司
オーダーは任せてもらっていいよね、と言ってくれるヤマトさんに、ぜひお願いしますという気分でお任せし。

ようやく私は、場の雰囲気を楽しむ余裕が出てきた。


久しぶりだ、こんなきちんとしたお店。

家族の集まりくらいでしか、作法を気にするようなお店には、入らない。


けどここは、私くらいの年齢でも気負わずふるまえるカジュアルさがあって、ものすごく心地よくて、素敵だ。



「兄貴の友達の店なんだよ。他に、もっとラグジュアリーな店も展開してて。いつもはそっちに行くんだけど」



神崎様とかしら、と思いながら、それを聞いた。

ヤマトさんがアラカルトからひとつひとつ選んでくれたアントレもメインも、奇抜すぎず斬新で、目にも楽しく、おいしくて。

ワインも実にマッチして、食を進ませた。

クルーザーではほとんど物を口にするタイミングがなかった私は、すっかり空腹だったことを思い出し。

気持ちいいくらい食べるね、と言われて、若干、恥ずかしい思いをした。



「こういう時でも、ヤマトって名乗られるんですね」

「だってヒロカズなんて呼ばれても、誰それって感じなんだもん」

「もしかして、だからご署名、アルファベットなんですか?」



よくわかったね、と彼が笑う。

あんな時くらい本名を書かないと、本当の読みを忘れてしまうから、てことだ。



「ご兄弟のお名前、リレーしてるの、面白いですね」

「カズが生まれる時、“和延”にしてループさせようって話もあったんだよ」



思わず噴き出した。



「させないほうが、可能性が感じられて、素敵だと思います」



そう言うと、ヤマトさんが目を見開いて、私をじっと見る。



「俺も、同じことを両親に言って、やめさせたんだよ」



ワイングラスを傾けながら、嬉しそうに笑った。

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