心の隙間に
誰にも言えない気持ち

「ねえ…」

「ん、なに…?」

「今日、安全日なんだけどな…」

 愛菜は大輔の耳元にそっと囁きかける。甘ったるく、誘うように…。

「ね…明日はお互い休みだし」

 しかし大輔は、うーんと寝返りをうつ。

「ごめん…。もう仕事がきつくてさぁ…。悪いけど眠らせてよ…」

「そう…。ごめんね。起こしちゃって」

 背中を向けた大輔にそう告げると、愛菜はベッドから抜け出た。とてもじゃな

いが、このままでは眠れそうもない。



 キッチンの時計を見ると0時過ぎ。愛菜はマグカップに牛乳を注ぐと、レンジ

にセットする。20秒後に出来上がったホットミルクに少しだけはちみつを入れ

腰を下ろした。

 温かいミルク、優しく甘い味。ゆっくり口を付ける愛菜の瞳からは、ポロポロ

涙がこぼれおちる。

 もういつからだろう。大輔との夜の生活がなくなったのは。たしかにそんなに

盛んな方ではなかったし、愛菜もどちらかといえば淡白な方だろう。だからそん

なに気にはならなかった。半年くらいは。

 しかしその後も一向に抱かれることがないまま1年を過ぎると、さすがに不安

に苛まれるようになった。恥ずかしい、情けないと思いつつも、ベッドで自分か

ら誘ってみる。けれどやっぱり…触れてもくれない。少ししつこかったのか、大

輔は最近では背中を向けて眠るようになってしまった。

 ―しつこい? 私はそんなにしつこかったのかな。

 同級生の愛菜と大輔はいま33歳。世間一般的に見てまだ若いのか年寄りなのか

はよく分からない。でももう、興味をなくされてしまうような年齢なのだろう

か? 

 ―そんなに私って、魅力がないのかな…。それとも私が、求め過ぎてるの?

 結婚してからは仕事も辞めてしまい、そんなに外に出ることもない。家を守っ

てほしい、愛菜には少しでも楽をさせたい…なんて言ってくれた大輔の言葉が、

あの時は本当に嬉しかった。愛されてるんだって心から思えた。

 でも今は、まるで刺激のない毎日が憂鬱だ。毎日買い物やジムにいけるような

そんな贅沢はできない。それにもともと愛菜は人見知りな質だ。パーッと外に出

ていくような性格ではない。そうなるとますます内に閉じこもることになって、

世間に疎くなってしまう。

 こうして1人、ホットミルクを飲みながら自分の性癖を疑う夜が続く。それが

どうしようもなく惨めで、けれどここから抜け出る方法も分からず、愛菜は涙交

じりの深いため息をついて、静かに大輔の背中を見つめながら眠りについた。




 
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