心の隙間に
少しずつ倦んでいく心を持て余していた愛菜に、一つの転機が訪れたのは5日

後のことだ。いつものように大輔を送り出して家事をこなしていたら、携帯が

鳴った。

「あ、悠理からだ」

 悠理は愛菜の親友と言える、唯一の人だ。まだ未婚だが長年付き合っていた

彼氏ともうすぐゴールインの予定。仕事もプライベートも充実している、今を

輝く女性…。

「悠理? 久しぶりだね!」

「愛菜~! いてくれて良かった。今日仕事休みになったんだ。これからそっち

に行ってもいい? それとも忙しいかな?」

「忙しいことなんて全然ないよ。…毎日孤独だなって悩んでる」

「……」

 愛菜の声音に何かを感じたのだろう。ちょっと悠理は言葉を失ったようだ。

「よ~し! んじゃ、美味しい和菓子を買っていくから。愛菜は大好きだもん

ね。濃いめの日本茶、用意しといて! あと1時間くらいで着くからね」

 努めて明るい声で話してくれたようだ。悠理の心遣いがありがたい。いつも

愛菜を心配してくれる、同級生なのにお姉さんのような存在なのだ。

 
 お茶の用意をしながらぼんやりと考える。いっそ悠理に打ち明けてしまおう

か。大輔との結婚が失敗だったとは言わないが、今の自分はまるで抜け殻みたい

になりそうだ。そしてそれはセックスレスのせいなんだ…と。大事にはされてい

る。でもそれだけではどうにも満たされず、どうしようもなく孤独を感じるの。

 愛菜はゆっくりと首を横に振る。言えない。そんな事言えるわけない。悠理は

もうすぐ結婚するんだ。そんな大事な時に不安にさせたり動揺させたりしたくな

い。そしてなにより、悠理に軽蔑されたくない。もし彼女の口から

―は? そんなことで悩んでるの? 愛菜って淫乱なんじゃない?

なんて言われたらもっと辛くなる。自分にとって最も身近な二人から背を向けら

れたら、私は…。

 そんな考えに沈みこんでいたせいだろう。突然鳴り響いたピーッという音に

驚いて、愛用の湯呑みを落としてしまった。

―そっか。お湯を沸かしてたんだっけ。

慌ててガスの火を止めた愛菜は、いくつもの欠片を拾い集める。

―これ、大輔とのお揃いだったのにな。

 バラバラの破片が今の自分の心のようだ。なんとなくそのとがった部分に指

を沿わせる。鋭い痛みと床に落ちていく血。

―いけない。思ったより深く切っちゃった。

 とりあえず止血しなきゃ、と立ち上がった時。玄関のチャイムが鳴った。
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