春秋恋語り


御木本さんと、何年一緒にいたんだろう。

うーん……と思い出そうとするけれど、出てくるのは彼の熱い話しぶりばかり。

前後して採用になったはずだけど……どっちが先だった?

気になって、過去の職員録なるものを引っ張り出した。


私の一年前に御木本さんが採用になっていた。

へぇ、5年も一緒に仕事をしてたんだ。 

私たちが親しく接するようになったのは、この2年ほどのあいだ。

それまでは仕事の領域が異なったこともあるけれど、同僚の域を超えることはなかった。



「封建的な考えが主流だったころ、他の思想なんてもってのほかだったはずだよね。
それを覆す何かがあったって、すごいことだと思わないか」


「そうかもしれませんね」


「時代を変えよう、自分たちが何かを変えようとしたんだよ。情熱がすべてを突き動かしたんだ」


「女にはないですね、そのエネルギー」


「はは……男はバカになれるからできるんだよ。女は打算的だからね」


「打算があるから物事がうまく運ぶんです。御木本さんの熱い語りはあとで聞きますから。 
ほら、続きをやりますよ。
今日中に終わらせなきゃ。私、本部から嫌味を言われたくないですから」


「可愛くないね、その言い方。若い子たちに嫌われるよ。もっと柔らかく言わなくちゃ。 
鳥居さん、女の子なんだから」


「御木本さん、パワハラって言葉知ってますか。知らないなら説明しましょうか?
パワハラ、パワーハラスメントの略で、上司の立場を利用して部下に……」



おおげさに手を振り 「わかった、わかった」 とやっと彼は話を止めた。

けれど、一旦仕事へと気持ちが向くと、先ほどとは別人のように仕事に打ち込む姿になる。

その日も9時近くまで残業をし、私には先に帰るように言ってくれた御木本さんは、その後11時まで残っていたようだ。


仕事の合間の休憩にさっきの続きを聞いてあげようと、コーヒーを手渡しながら 「昔も桜の時期は忙しかったんでしょうね」 と話を向けたのに、「あぁ、そうだろうね。ここ、やり直してくれる?」 なんて、昔のことなど興味なさそうな返事だった。

いま彼の頭の中は、本部への報告書のことでいっぱいのようだ。


男には息抜きって言葉がないのかしら。

同時に二つのことはできないというけど、まったくその通りね。


お先に失礼します、と御木本さんほか数人を残して部屋を出る間際、彼の背中を何となく振り返った。

部下に指示する横顔が目に入る。 

幕末の志士のことなど忘れたように、仕事に没頭する顔がそこにあった。



あの頃のアナタも、今のアナタも全然変わってないわね。

今夜の電話で 『歴史バーってどこにでもあるんだな。こっちでも見つけたよ』 と嬉しそうな報告があった。

『梨香子、秋に本部出張があるだろう。そのとき一緒に行こうか』 って……

御木本さん、夏も帰ってこないつもりなのね。 


そんなにほったらかしにされちゃうと、私、本当に田代さんに傾いちゃうかもしれないわよ。

だって彼、私のこと、いつも気に掛けてくれるのよ。

アナタはいま、自分のことでいっぱいみたいね。


彼には決して言えない愚痴を、話を終えた携帯に向かってつぶやいた。


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