桜の国のアリス

「中へどうぞ。」


白ウサギ、そう呼ばれた少女は桜とチェシャ猫を家の中へと招き入れた。
やはり耳はある。
白く長い、ウサギのような耳。
やはりそれがこの少女が白ウサギと呼ばれる所以なのだろう。


「こちらに座ってください。
今、何かお飲み物を…」


ぐるるるる………―――――


桜の腹の虫が盛大に鳴いた。
桜は赤くなり腹を押さえるが、もう遅い。
白ウサギもチェシャ猫もクスクスと笑った。


「お飲み物の他に何か食べるものを用意しますね。
チェシャ猫さんはどうします?」


「私も貰おうかな。」


「わかりました。」


白ウサギは元気よくキッチンの方へ向かった。
キッチンと言ってもリビングダイニングのような形なので、すぐそこだった。

しかし、妙だ。

一見普通の家だが、普通ではない。
何かが違う。
しかし普通の家だと言い切ってしまえば、普通の家だ。
そんな、妙さ。


「どうぞ。
簡単な物しか用意出来ませんでしたけど。」


桜とチェシャ猫の前にはココアとサンドイッチが置かれた。


「いただきます!」


空腹であった桜はすぐにサンドイッチにがっつく。


「どうでしょう?
お口に合いましたか?」


桜は口のなかのものをごくりと飲み込む。


「すっごい旨い!」


「そうですか、よかった。」


白ウサギはふにゃふにゃと笑う。
そして白ウサギは、桜がサンドイッチを食べる様子を眺めていた。

桜がサンドイッチを食べ終わる頃、白ウサギは切り出した。


「そういえば、アリスさんのお名前は何とおっしゃるのですか?」






―――――え?






白ウサギの一言で、桜は喉を詰まらせそうになる。
そして白ウサギはハッとしたように喋りだす。


「あっ!
自分が名乗らずにお聞きするなんて失礼ですよね。
私、白ウサギと申します。」


白ウサギはペコリと頭を下げると、ごそごそと服の下に入っていたネックレスを取り出す。
そのネックレスの中心には桜の花が付いていた。


「リーナです。」


その桜の花を桜に見せた。
そしてふにゃりと笑う。


「えっと…」


俺達、さっきも会ったよな?
白ウサギって名前じゃないのか?
じゃあリーナってなんなんだよ?
だいたいお前、俺の名前知ってるだろ?
どうして俺をここに連れてきた?
まずどうやってここに来たんだ?
どうしたら元の場所に帰れる?
それと―――――

どうしてお前があの事を知っているんだ――――?


聞きたいことが次から次へと浮かんでくる。
しかしそれは何一つ、声に出せなかった。
急に胃に食べ物を詰め込んだからだろうか、桜の胃はむかつきを覚え始め、胸が少しだけ苦しくなった。


「アリスさん?」


「おいアリス、大丈夫か?
白ウサギ、悪いが水を貰えないか?」


「わかりました。」


白ウサギがとてとてとキッチンの方へ向かう。


「アリス、聞きたいことがあるなら帽子屋に聞けばいい。」


チェシャ猫が囁く。
帽子屋?
桜が返事をする前に白ウサギは水の入ったコップを持って戻ってくる。
水を差し出され、桜はゆっくりと飲む。
少しだけ、和らいだ。


「白ウサギ、帽子屋はいないのか?」


再び帽子屋の名が出た。


「つい先日戻られて、それからまだ帰られません。
お呼びしましょうか?」


「悪いな。」


「いいえ。」


白ウサギは微笑む。
そして、「こちらへどうぞ。」と隣の部屋に招き入れる。
そこで桜は妙な感じの理由がわかった。
部屋の雰囲気こそ違うが、こちらも同じ、リビングダイニングになっていた。


「少し、離れていて下さいね。」


白ウサギに言われるがままに移動すると、白ウサギは敷いてあった絨毯を思いっ切りひっくり返した。
するとそこには、絨毯いっぱいに円がかかれ、その円の中には何やら変な図形がごちゃごちゃと書かれていた。


「なあ、これって…」


「静かに!」


これが何なのか聞く前に、白ウサギに止められる。
その白ウサギは、円の中心に膝をつき、手を組む。
まるで神への祈りのように。
そしてその表情は真剣そのものだった。

少し経つと、白ウサギの表情は和らいだ。
そして


――――――さわさわさわ………


急に絨毯が揺れる。
それほど強い風が何処からか吹いてきた。


「な、なん!……うぐ!?」


驚いて声を出す桜の口をチェシャ猫がふさぐ。
そしてこそこそと言う。


「今白ウサギは帽子屋を呼ぶ……そうだな、儀式のようなものをしている。
見ろ、あれは集中しないと出来ないんだ。
だから不用意に声をかけてやるな。」


桜はこくこくと頷くと、チェシャ猫の手から解放された。
その間にも、どんどん風が強くなる。
すでに小物は飛び、床に落ちたり壊れたりしている。
しかし白ウサギもチェシャ猫もそれを気に止めないで続ける。

そしてさらには白い霧のようなものがもくもくと立ち込める。
霧はどんどん増え、ついには桜達の視界を奪った。
人の影すらもわからなくなりそうになった頃


「来た。」


「え?」


チェシャ猫が言葉を発するのに少し遅れ、風が止んだ。
暴風のなかにいた為か、急な静寂で桜の耳がキンと鳴る。
しかしその耳鳴りのなかで桜は声を聞いた。






「はあ………全く、部屋がボロボロじゃないですか。」






霧がおさまり視界が晴れると、そこには男がいた。
身長は桜より断然高い。
そして燕尾服のようなものを着てシルクハットをかぶっている。
そこから覗く髪は金色で、男性にしては少し長めだ。


「やはりまだリーナには力加減が難しいみたいですね。」


その男は白ウサギを横抱きにした。
白ウサギは気を失っているようだ。
そして男は桜達の方に目線を向けた。


「悪いな、私が白ウサギに頼んでお前を呼んだんだ。」


チェシャ猫が答えると男はふっ、と笑う。


「おやおや、珍しいお客様ですね。
君の頼みであれば仕方がない。
………彼は?」


目線をチェシャ猫から桜に変える。
その男はキツネのような目をしていた。


「こいつはアリスだ。」


「……アリス………」


男は桜の顔を真剣にじっと見ていた。
そしてその顔は綻ぶ。






「あの人によく似ている。
まるで出会った頃のようだ。」






「?」


桜はちんぷんかんぷんだったが、男は楽しげだった。


「こちらへ。」


男は桜とチェシャ猫を先程までいた部屋に通すと、椅子に座るように言った。
未だに気を失う白ウサギは、少し奥にあるソファーに寝かせていた。


「さて、初めましてアリス。
僕は帽子屋。」


男はシルクハットを押さえ、頭を下げる。
そしてシルクハットを脱ぐとそこに付いている桜の花を見せて


「ユウと申します。」


そう言った。
その行為は先程の白ウサギとまるで同じだ。
チェシャ猫は「聞きたいことがあるなら帽子屋に聞けばいい。」そう言った。


「あの、それって何なんですか?
さっきあの子……白ウサギも同じことをしました。
俺に桜の花を見せて「リーナ」って。
でもその前に、白ウサギだと言った。
どうゆうことなんですか?
あっ!あと白ウサギは俺を…」


「まあまあ落ち着いて。」


少し興奮ぎみになった桜を、帽子屋が止める。


「順番に聞くし、答えますよ。
でも今日はもう遅い。
部屋を用意しますから、そこで休んで下さい。」


「でも……」


確かに、もう窓の外は真っ暗だった。
しかも、桜達が外にいたときよりも闇が深まったように感じる。
しかし、桜は何となく嫌だった。
寝てしまったらうやむやにされてしまうような気がして。


「大丈夫ですよ。
もし僕が信じられないなら、紙にでも書き出しておいて下さい。
そうしたら忘れないでしょ?」


「……わかりました。」


「ではアリス、チェシャ猫。
二人をご案内します。」


二人は帽子屋に二階の部屋を1つずつ案内された。


「シャワーとか浴びますか?」


「浴びてもいいなら浴びたいです。」


「部屋を出てその角にシャワー室があるので好きに使って下さい。
タオルもありますから。
着替えはそこのタンスに何着かあるので。」


「ありがとうございます。」


帽子屋は会釈すると部屋を後にした。
案内された部屋はベッドやタンス、机が置いてあり、部屋としては不自由しなそうな空間だった。
そこのタンスから服を出してみると、どれも桜には大きかったので、長めのシャツをワンピースのように着ることにした。
昔から女の子っぽいと言われる桜にとって、あまり快いことではなかったが仕方がない。
なんとかパンツはサイズの合う新品があった。

シャワー室でシャワーを浴びると、部活で流した汗が落ち、少し頭もすっきりしてきた。
数分でシャワーを済ませると、部屋に戻り、机に向かった。
サラサラと思ったことを書き出す。


「………あれ………」


ふと、動いていた手が止まる。


「俺、思ったこと声に出してたっけ………?」










下の階で、帽子屋は白ウサギの頭を撫でながらクスクスと笑っていた。

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