桜の国のアリス

『桜くん、何描いてるの?』


桃は桜に聞く。
桜くん、ということは、また夢なんだ。
そう桜は思った。


『これがあんちゃん、これがゆーくんでこれが……』


それは幼い頃の桜の声だった。
無意識に声がでる。
しかし高校生の今の桜の目線は、おそらく幼い桜と同じだった。
幼い桜は描いた絵が誰なのか、ぽんぽんと言い説明する。
そして桃は一人だけ、妙に力を入れて描いたと思われるお姫様のような絵を指した。


『桜くん、これはだぁれ?』


『これは桃ちゃん。
それでね、これは僕。』


幼い桜の指が隣に描かれた王子様のような絵を指す。
お姫様の半分くらいの大きさだ。


『僕と桃ちゃんの結婚式だよ!』


どうして俺は桃ちゃんなんて呼んでるんだ?
どうして結婚式って…
しかし、桃はニコニコ笑っていた。


『本当に?
うれしいなぁ。
  ちゃんはいないの?』


『  ちゃんはこれ。
手ぇパチパチしてるの。』


桃はあははと笑う。
そして目線はまた、桜を越えたところに向かう。


『桃ちゃんが一番好き!
  ちゃんは二番目。』


桃は笑った。
そしてなだめるように言う。


『もう  、子供じゃないんだから拗ねないの。』




















「……ん……?」


窓からの光りと見慣れない景色が桜の目の前に広がる。
何秒か経ち、昨日のことを思い出した。
そうか……ここは帽子屋の家だっけ……。
桜は体を起こし、ベッドから降りると、何だか体がだるかった。
立ち上がればキリキリと胃が痛む。


「なんで……。」


ベッドの側にしゃがみこむ。


「帰りたい……どこなんだよ……
姉ちゃん……桃姉ちゃん……」


しゃがんでいても、あまり痛みが治まらない。
涙まで出そうになり、ぐずぐずと鼻を啜る。






「おい、大丈夫か?」






「!?」


聞きなれた声に桜がバッと顔を上げると、目の前には見慣れた顔があった。






「椿……?」






「ツバキ?」


「あっ……」


違う、この人は椿ではない。
もう一度顔を見れば、あまり似ていなかった。
そして声も。
しかし桜はその男を椿と錯覚した。


「誰かと勘違いしてるみたいだけど、俺はお前と初対面だよな?」


「……すみません……。」


一瞬和らいだ胃の痛みがまたぶり返す。


「腹痛いのか?」


「…………。」


桜はこくりと頷く。


「動けないくらい痛いのか?」


桜はもう一度頷く。


「ちょっと待ってろ。
ユウ呼んでくるから。」


誰だかわからないが、その人は帽子屋を呼びに言った。
ここにいるということは帽子屋の知り合いということで間違いはないだろう。
すぐに帽子屋はやって来た。


「桜くん?
大丈夫ですか?」


桜はふるふると頭を左右に振る。


「…………おそらくストレスによるものでしょう。
何か食べやすいものと薬を持ってきます。
リィラ、彼をベッドに寝かせてあげて下さい。」


「わかった。」


その人は桜を抱くようにしてベッドに寝かせた。


「すみ…ません……。」


「いいから気にすんな。」


その人は帽子屋が戻ってくるまで桜の側に付き添ってくれていた。
その後10分くらい経ち、帽子屋が戻ってきた後も桜の側にいてくれた。


「桜くん、リゾットなら食べられますか?」


桜は3口ほど食べると、スプーンを置いた。


「気休めくらいにしかならないでしょうが薬、飲んで下さい。
薬を飲んだら今日はゆっくり休んで下さい。
気はあまり休まらないかもしれませんが、体だけでも、ね。」


桜が横になると、帽子屋達は水を置いて部屋から出た。
桜はゆっくり目を閉じた。




















『  、桜目ぇ覚ましたぞ。』


ふわふわした感覚。
ぼんやりする視界。
そこに写ったのは椿の兄、涼太。
どうして…涼太さんが……?
それに…制服……?


『大丈夫?辛くない?』


反対側から桃の声がした。
桜の意志とは関係なく視線が動く。

そのとき、誰かの背中が視界に写った。


『さすがにまだお熱は引かないね。』


桃の方を向くと、心配そうな顔で手を桜のおでこに当てる。
その桃も制服を着ている。
桃も涼太も27歳だ。
なのに制服を着ている。
しかしあまり不自然ではない。
というか、二人ともどことなく顔付きが幼かった。


『  、桜のおんぶ代わるか?』


涼太も桃も視線をもっと前に移す。
おそらくそれは桜が見た背中の人間。
そして桜はその人におんぶされている。
女ではない、男。

桃姉ちゃんや涼太さんと仲良さそうに喋っている


この男は誰なんだ――――――?




















桜は目を覚ます。
体を起こしても先程までのようなだるさは感じない。
時間は分からなかったが、窓の外ではもう日が沈み、闇夜になりかけていた。
突如、ガチャリと音がしてドアの方へと目を向ける。


「お。
目が覚めたか。
調子どうだ?大丈夫か?」


桜が椿と間違えたその人は、飲み物を持って部屋に入ってきた。


「すみません、俺…」


「急なことで体がついていけなかったじゃないか、ってユウが。
そりゃそうだよな、急に知らない土地に連れてこられてさ。
だから気にすんなよ。」


その人は「まあ飲め。」と桜にスポーツドリンクのようなものを渡す。


「ありがとうございます…。
えっと……」


「あ、そう言えば名前言ってなかったな。
俺、三月ウサギ。
それで…」


三月ウサギは持っていた剣の柄を桜に見せる。
そこには桜の花が付いていた。


「リィラだ。
よろしくな。
で?お前の名前は?」


「お、俺は葉月桜……です。」


「桜?」


「まあ……女っぽい名前なんですけど……。」


「あ、じゃあユウが言ってた桜ってお前のことか!」


「ユウって……あ、帽子屋さん…………え?」


「どうした?」






「俺……名前言ってない…………」






また、奇妙な事が起こった。
桜はそう深刻に受け止めたが、三月ウサギは笑っていた。


「そんな深刻に考えんなって。」


「そんなこと言ったって……」






「あいつ人の心読めんだよ。」






………………は?


「だからあいつの前じゃプライベートもクソもねえぞ。」


三月ウサギはゲラゲラと笑う。
対して桜はポカンと口を開けている。


「あ、あとあいつのことは帽子屋じゃなくてユウって呼んでやれよ。
喜ぶから。
俺のこともリィラって呼んでいいぜ。」


「あの……そのことなんですけど……。
帽子屋とか白ウサギとかって何なんですか?
俺、全然ワケわかんなくて。」


三月ウサギ、もといリィラはう~んと少し考えてから紙を取り、側にあったペンで書き始めた。


「例えばお前が王様だとすんじゃん?
そうしたら自己紹介するときに『この国の王の葉月桜』って名乗るだろ?
それと一緒なんだよ。
お前は葉月桜、そしてお前は王様。
俺はリイラ、そして俺は三月ウサギ。
仕事とかだと俺は三月ウサギのほうで呼ばれるけど、友達とかはリイラって呼ぶな。
まあそんな感じ。」


「なるほど……。
つまり三月ウサギであるリイラさん、帽子屋であるユウさんってことですね。」


「そうそう。
それでな、別にさん付けとかしなくていいから。」


「え…でも……」


「いいっていいって。
そうゆう敬語キャラはユウとリーナに任せときゃいいんだよ。
気楽にいこうぜ。」






『椿先輩………?
うっわきっしょ!
お前なに今更!
そんな呼び方するなら 佑馬さん!、とか佑馬先輩!とか気楽に呼んでくれよ。
あ、佑くんってのも…』


『じゃあ椿って呼ぶわ。』






やっぱり、椿に似てる気がする…。
椿みたいにうざくはないけど。


「あっ、やべ、そろそろ戻んねーと。
そうだ、起きたことユウに言っとくけど、また寝るか?」


「あ、ううん。
体調ちょっと良くなったから俺も下降りてく。」


「そっか。
無理すんなよ?
じゃあな、桜。」


リイラは桜に手を振ると、バタバタと部屋を後にした。
桜もベッドから降りると前日に書いたメモを持ってゆっくりと部屋から出た。

桜は初めて、桜と呼ばれた。
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