猫 の 帰 る 城






「矢野くんって、よくひとりでいることが多いけど、どうして」

「…え?」


低く音をたてるエレベーターの中で、彼女の沈んだような声は紛れて聞き取りにくかった。
聞き返すと、彼女は手元のレポートから顔をあげて僕の顔を見た。
当時はまだ目の上で切りそろえられていた前髪が、少しだけ揺れて額を覗かせた。

その白さに魅せられながらも僕はさりげなく目を逸らした。

彼女が再度口を開く。


「別に学科で浮いてるってわけじゃなさそうなのに、よくひとりでいるでしょう。ひとりが好きなの」


僕はキャンパス内をひとりで行動する方が多かった。
共に昼食をとる相手も、一定ではなくその場で会ったやつと食べることがほとんど。
あとは基本的にひとりで移動したり、講義を受けるのもひとりが多かった。

僕は変化するエレベーターの数字を眺めながら答える。


「そんなに考えたことないけど、そうかもしれない。ひとりでいると、誰かに気を遣うこともないからね」


不思議なことに、人間はいくつになっても集団に属したがる。
大学はもっと気ままな場所だと思っていたが、現実は高校時代と変わらないものだった。
僕のようなやつは意外にも珍しいのだ。

しかし、まれに同じような人間もいる。
特別な集団に属することもしない人間。

何よりも目の前にいる彼女もそうだったからだ。


「滝本さんも、特別どこかのグループに所属してるってわけではないよね」


彼女は濃い青のカーディガンを羽織った肩を反らして言った。
色の白い彼女に、濃い青はよく映える。


「そうだね、女の子のグループって、面倒くさいからな。わたしには合わないシステムなのかも。それにひとりでいるのも嫌いじゃないから」
 



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