あふれるほどの愛を君に
ほつれた糸
六月に入り、社内コンペまで残り一ヶ月弱となったある日のことだった。
朝からミーティングルームにこもっていた僕を含む数人の社員は、突然の物音に同時に振り向いた。
「大変です!」
勢いよくドアを開け叫んだのは、三期上の沢井さんだ。
一瞬にして部屋の中が静まりかえったのは、場にそぐわない声のトーンと、それからその表情のせいでもあった。
緊迫した表情を浮かべた沢井さんは顔色まで悪く、半開きの唇が僅かに震えている。
皆の視線が一気に集中し、誰もが言葉の続きを無言で待っていた。
慌てて部屋に入ってきたものの、言い出すのに躊躇っているように見える沢井さん。瞳が忙しなく左右に動いて、その喉元がゆっくりと上下したのがわかった。
「沢井、何があったんだ?」
先輩の一人が問いかけると、数秒の沈黙の後で沢井さんは観念したように項垂れ、そして呟いた。
「企画が……盗まれました」