あふれるほどの愛を君に
パラレル
「もしもし」
ポケットの中で騒ぐスマホを取りだし、回線の向こう側に問いかけた。
「阿久津くん?」
その声を耳にした時、居心地の悪かった胸の中に、静かな安堵感がじわりと広がった。
マンションのエントランスへと消えた姿は、実に楽しそうだった。
はたからは旅行帰りのカップルにしか見えない、そう確信しながら眺めていた。
隠れて気づかれないように呆然と眺めるだけ。なんにもできずに、ただ指をくわえ見ていたんだ。部屋に明かりが点るまで。
それからもなお、建物から出てこない黒木さんに芽生えた感情は、単に嫉妬と呼ぶだけのものだったのかな……。
「もしもし阿久津くん?」
繰り返し僕を呼ぶ声が、深く暗い場所から引き上げてくれるような錯覚を覚えた。
「星野?」
いや、錯覚ではなく
「こんな時間にごめんね」
「どうしたの?」
彼女の明るい声が
「あのね」
「うん」
その時の僕には
「お誕生日、おめでとう」
救いに思えたんだ。