家庭*恋*師
あんたをトップで卒業させてみる!

対面のベクトル

「っひ、…ふぁ…」

自分のものとは思えない、甘く、女のような声に南は屈辱で目に涙を浮かべていた。幼い頃から男の子とばかりつるんでは、近所のガキ大将とまで言われていた男勝りな性格だった。

そういえば、小学校低学年くらいまで一人称は「俺」だったな、と、のんきに頭の奥で思い出す余裕が自分にあることに驚いていた。

身動ぎ、小さい身体を横に反らせば一時相手の攻めから逃れることが出来、それをチャンスに、自分を壁と板挟みにしている胸板に肘をつけ、顔を見上げるほどの距離を作る。

潤む瞳、そして紅潮した肌は普段の勢いを失っていなくとも、怖いというよりも妖艶だ。

部屋の電気を背にした人物の顔は、影でよく見えない。ただ、ふわふわ、とくせっ毛の髪が揺れるのを見て、笑われているのだと気づく。

そして、テラつく光を反射するのは、濡れた舌。先程まで、南の耳を這っていたそれで口角を舐める様を見て、南は言いようのない感覚に襲われる。それは恐怖か、はたまた期待に似たものなのか。それを深く追求するのをやめ、ただ相手を睨みつけていた。

「そんな顔されたら、もっとしたくなっちゃうんですけど?」

低く、ゆったりとした声はこの熱っぽい部屋の空気をつたって南の耳を撫で、また舌で直接なぞられるような錯覚さえ起こす。

相手は少し身体を横にずらし、今度は逆の耳へと口を寄せた。部屋の灯りが、薄い色素の髪を透かして見せ、まるで光を反射した雲のように南の目を眩ませた。何もされていないのに、ただ彼の息がかかるだけでビクン、と大きく身体が揺れた。そんな自分を見て喉奥で笑う声が、憎らしい。

「どーしたの南ちゃん、もうギブアップ?オレのことやる気にしてくれるんじゃなかったんじゃねーの?」
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