月下の誓約


 途端に鼓動が跳ねた。
 甘い香りが和成の記憶を呼び覚ます。

 それは先の戦で一緒に馬に乗った時、紗也の髪から漂った香りと同じだったのだ。

 香りの記憶が和成の心を乱し、まるで紗也を抱いているかのような錯覚に囚われ次第に鼓動が早くなる。

 佐矢子に気取られてはまずいと思った時、懐の電話が振動した。
 平静を装いつつ佐矢子から離れて電話に出る。塔矢だ。


『取り込み中すまないが、そっちに行ってもいいか?』
「え? どこにいるんですか?」


 和成はあせって周りを見回す。


『おまえの五十歩ばかりうしろ』


 振り返ると、街道脇にある木の影から、塔矢と数名の隊員たちがこちらを窺っていた。


「三分待って下さい!」


 一方的に電話を切って、和成は佐矢子に向き直る。


「塔矢殿が到着したようです。少し待っていただければ家まで送ります」
「軍のお仕事なんでしょう? 私はひとりで大丈夫です」


 佐矢子は笑って手を振り、和成に別れを告げる。
 そして街道脇で塔矢に会釈すると、そのまま街の方へ姿を消した。

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