製菓男子。
「ここんちのお菓子、うちの女性スタッフに人気なんだよ。財布の金が飛ぶ飛ぶ」


わたしの兄の友人のひとりである荒川さんは、わたしのメイクの出来をチェックしつつ、毎回そう言ってお菓子を買いに来る。


(嘆くなら買わなくてもいいのに。そもそも来なくていいのに)


そう思うのは簡単なのだけれど、声が言葉として発せられることは、コミュニケーション能力が富士山の二合目あたりくらいしかないわたしにとっては至難のわざで。
荒川さんが選んだお菓子を紙袋に入れることしかできずにいる。


「あれ? シンジまた来たの?」


当店のパティシエと呼んでいいのかわるいのか―――塩谷さんはモデルさんと間違えられる容姿をお持ちで、それ目当てのお客さんも多い―――手に籠を持って販売スペースに出てきた。
塩谷さんの作り出すお菓子はどれも生クリームと牛乳を使わない、素朴で身体にやさしいものだ。
四畳ほどの空間にそれらの商品が並べられているから、そこに男ふたりが並んだだけでも威圧感がある。


「常連に向かって“また”ってどういうことだよ」
「常連になったの、つい一ヶ月前からでしょ」


塩谷さんは空いた籠と入れ替えるように一個ずつ梱包されたマンゴージャムのロールケーキを置いた。


「オレは藤波の妹を心配してやっていることで」
「なにを心配するっていうんだよ。今日も普通にかわいいだろ、ね?」


(わたしに同意を求められても非常に困るんだけど)


塩谷さんも兄の友人のひとりだ。
兄も兄の友人らもこぞって女性受けのいい顔をしていて、芸能人やホスト、モデルなどと間違われている。
そういう人の目を惹きつける甘い顔立ちの塩谷さんに「かわいい」などと言われても、説得力は皆無に等しく、困る以外に方法がない。
なにせわたしは兄にまったく似ておらず、人さまからよく「ブス」と呼ばれる顔立ちで、自分でも相当に自信がない。
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