製菓男子。
「いやだめだね、今日のメイクは七十五点」
「それは単純にお前のときめき度だろ」
「いや、今日妹、マスカラだけでアイライン引いてないだろ。目の輪郭がぼやけてるぞ」


荒川さんは美容師であるけれども、わたしにとってはメイクの鬼畜師匠でもある。


この製菓店で働く前、わたしはニートで引きこもりだった。

先月の初め兄の手によって抵抗空しく美容院へ強制送還され、脅迫的に外見改造を施された。
その際荒川さんにカット、カラー、睫パーマだけでなく、みっちりメイクの指導まで受けて、別人と呼ばれるほどにわたしは変貌している。


それを維持させるべく、荒川さんは定期的に足を運びチェックをしている。


「そんな長話して、シンジの店は平気なの?」
「ゴールデンウィーク期間って案外人が入んないんだよな。前後は混むんだけど。妹、お盆休みも結構穴場だぞ。予定がどうせないんだろうから、そういうときに予約入れろ。お前はエイタの妹だから、友人価格でやってやってもいい」
「うわー、お前本当に上から目線のヤツだなぁ。チヅルちゃんにも選択の自由ってもんがあると思うよ」


うるせーと荒川さんはうっとうしそうに手を払った。


荒川さんは美人系のきれいな顔をしていて、女性にも負けないくらいにうつくしい。


(黙っていれば)


それで背が高くて肉食系の性格だからか、荒川さんが勤める美容院の、大部分のお客さんの指名を受けるのだとか。
指名できずやむなく別の美容師さんにカットされている女性客たちの視線は針のむしろのようで、人によっては誇らしい気持ちになるのかもしれない。
けれどわたしは耐えられる気がしない。


(金銭面ではありがたいけど、謹んで辞退させていただきます)
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