【電子書籍化】あの猫を幸せに出来る人になりたい

エピローグ

「さあ、遠慮なく座ってちょうだい。今日はお祝いすることが多いのよ」
「そうだね、どれもみんな素敵なことだから、どれからお祝いしようか悩むね」
 全身から喜びがあふれている倉内夫妻。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「素敵な集まりに呼んでいただいて、本当に嬉しいです……あ、これはつまらないものですが、おほほほ」
 少し強張った表情の花の父と、よそいき顔全開ながらに上機嫌な花の母。
「ヨウコソイラッシャーイ」
 夏休みまで我慢しきれず、カナダから飛んで来てしまった倉内の従妹のエリーズ。
「にゃあん」
 倉内家のお姫様のフルール。
「いらっしゃい、花さん」
 そのお姫様を抱いた倉内楓。
「お邪魔します、楓先輩。お邪魔するね、フルちゃん」
 運命の二人に、溢れる笑顔で挨拶をする花。
 以上が、本日倉内家に集まった幸せな人々の全てだ。
 元々広いリビングの家具が片付けられ、祝宴が始まる。フルールは、ここで一時別室へ撤退だ。

「まずは、楓。大学合格おめでとう、の乾杯」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「オメデトー」
「ありがとうございます」
 学生組はオレンジジュース。大人組は、ジュースだったりお酒だったり。軽く口をつけてグラスを置き、惜しみない拍手で倉内を讃える。
 彼は少し恥ずかしそうに拍手に応える。
 あの過酷な受験を乗り越えて、目標のスタートラインに立ったのだ。花は事前に報告は受けていたし、その上で家族揃ってこの集まりに招待されていたので、今更驚くことはないが、今更でも感動はする。
「斎藤さん、これから息子はあなたの進んだ道を目指します。ご指導ご鞭撻、どうぞよろしくお願いします」
「いえいえ、そんな……大変だと思うけれど、困ったことがあったら相談に乗るから、いつでもきなさい」
「はい、ありがとうございます」
 倉内父に水を向けられ、花の父は慌てて獣医らしい顔をしようとするものの、あまりうまくいってはいない。しかし倉内はやや緊張気味に返事をしていた。オス同士は、なかなか難しいものがあるようだ。
 次は倉内がグラスを掲げる。
「花さんの誕生日も、少し早いけど、お祝いさせて。お誕生日おめでとう、花さん。乾杯」
「ありがとうございます、乾杯」
 口々に誕生日おめでとうと言われて、花は照れ笑いでお礼を言った。
「ハーナは、タンジョウビ、イツ?」
 前に会った時は、花の「ハ」がうまく発音できなかったエリーズが、まだ多少怪しいながらに何とか音にできている。しばらく会わなかった間に、彼女も成長したのだろう。
「四月の一日(いちにち)だよ」
 ついたち、という言葉では伝わりにくいと思い、あえて分かりやすい言い方で伝える。
「オウ、ポワソン・ダブリル!? サカナ、スル?」
 途中滑らかな早口でフランス語らしき言葉を言われて、花は一瞬動きを止める。
「魚?」
「ウン、サカナ。ポワソン・ダブリル。アーアー、ナンテイウ?」
「フランス語でエイプリルフールを、四月の魚、というんだよ。子供たちは人の背中にこっそり魚の絵を貼って、いつまで気づかれないか試すんだ」
 エリーズが何かを伝えたいようだったが、日本語にできないようだ。それを引き継いだのが倉内父である。
 初めて聞く呼び方と可愛らしい遊びに「そうなんですか」と驚きながらも楽しく受け止めていた花だったが──「うん?」と何かに意識がひっかかる。
 そういえば、三毛猫の玩具にポワソンと名づけた人がいた気がする、と花は視線を向かい側に座る倉内楓へ動かした。
『僕は四月の魚を大事にしたいから、君に魚の名前を持っていてほしいと思ってるんだ』
「可愛いよね……四月の魚、っていう言い方……僕は、好き、だよ」
 自分がツーブヤキに書いた言葉を、覚えているのかいないのか。花を見ながら柔らかくとろけるような声でそう伝えられ、彼女はグラスを持ったまま雷に打たれた気持ちになった。
 花は自分の運命を積み上げるのに時間を必要としたけれども、もしかして彼はもっと早くからその運命に気づいていたのだろうか、と。ここにきて、ようやく彼女は気づき始めた。
 そうだ、と。
 倉内楓は、フルールにあっという間に恋に落ちた男だった。すぐに運命の相手と決めた。そう考えると、彼の運命を見つける速度は、花の何倍も速いのかもしれない。
「私も、大好き、です。今度から誕生日はいつって聞かれたら、四月の魚、って答えますね」
「うっ……」
 花の運命の相手は、赤くなってしまった。
 次にグラスを掲げたのはエリーズ。
「エリーズ、アソビニ、キマシタ! カンパーイ!」
「いらっしゃい、エリーズ」
「楽しんでいってね」
 乾杯がひとつ進む度に、だんだん祝宴らしい空気になっていく。それぞれの父親たちのお酒が進み、倉内父は謎のフランス語の歌を歌い始める。倉内が「ホッケーのゴールの歌だよ」と教えてくれた。その隣でエリーズも踊りながら歌っている。
 花の父は、そんな若者たちの様子を見て何故か涙ぐみ、母に慰められていた。泣き上戸ではなかったはずだけどなあ、と花は首を傾げた。
 歌が終わるとエリーズが花の横にくっついてきた。
「ハーナ、ハーナ、カエデトオシアワセ?」
「エリーズ……」
 従妹が暴走しそうな気配に、倉内が制止の声をあげる。
「お幸せですよね? 楓先輩」
「うん……うん、お幸せ、だよ」
「カエデ、ヨワーイ」
「エリーズ……その辺でやめて、本当に」
「楓先輩は、強いですよ」
 花は大事なところだったので、訂正を入れた。きょとんとするエリーズと、驚いている倉内。どうして倉内が驚いているのか。
「楓先輩は、運命の相手にはちゃんと手を伸ばせる強い人です」
「ウンメーノアイテ?」
「……魂の伴侶(アーム・スール)だよ」
「アーム・スール! トキメキドキドキ! ウラヤマシー! オシアワセニ!」
 遠くで花の父が泣いている。倉内の父は、酔っ払った状態で日本語とフランス語交じりに、花の父を慰めていた。
 母親二人はこちらを見ながら、によによと笑っている。
「花さん……花さんも、運命の相手に、ちゃんと手を伸ばしてくれたよ……僕の大切な、一番の友達で、僕の大切な、運命の人だからね」
 そんな大人たちを背景に、倉内が花の手を取る。
 これは熱烈で、花もえへへと照れてしまう。
 花は瞬発力はないが、積み重ねていくのは得意な方だ。これからも大事に大事に、倉内との思い出を積み重ねていこうと心に決めた。

 あの犬も、あの猫も。多くの命の幸せを願った花は──自分と幸せを願い合える人と、ようやく手を握り合うことができた。

『終』
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