あなたが教えてくれた世界
アルディスから別れたブレンダは、真っ直ぐに目標──通りの先に見えた茶髪頭のもとへと歩を進める。
がしっとその左肩を掴むと、ぎょっとしたように相手は振り返った。
「……何をするつもりだ」
低い声でそう訊ねると、カルロは一瞬の間の後、へらへらっと笑って口を開いた。
「そんな顔しないでよブレンダったらー。サボってたわけじゃないんだけど、ちょっと可愛い女の子いないかなとか思って。ね?」
ナンパをしにきたと告げる割に、今にも薄汚れた酒屋に入る寸前だったカルロに、彼女は厳しい目を向けた。
「誤魔化すな。……何をするつもりだったのかと聞いているんだ」
矛盾した行動と、先ほど一瞬見えたただならぬ横顔に異常を感じ、ブレンダは質問を続ける。
「聞いているのか!」
しかし全く動じず、変わらぬ笑いを浮かべるカルロに、ブレンダは口調を荒げた。
カルロは一瞬肩を竦めてから、どこか乾いた笑みとともに口を開く。
「……どう答えるのが一番効果的かなって考えてた」
「お前……!」
真面目に聞いている様子のないカルロに激昂し、反射的にその胸ぐらを掴もうとブレンダが一歩踏み出した、その時。
ぐい、と逆に腕を掴まれ、彼女の身体ごと大きくカルロに引き寄せられる。
彼女が抵抗する隙も与えないほどの、素早く自然な動作。
「……!」
思わぬ展開にブレンダの瞳が大きく見開かれた。
「……なんてね、冗談」
体勢を変えず、至近距離から耳許で囁かれる。
吐息が耳にかかり、びく、と肩が震えた。
「情報収集……とでも行っておこうかな?」
にやりと笑いながらそう呟き、カルロはブレンダを解放した。
「……おい、待て!」
そのまま踵を返して何処かへ去ろうとするカルロに、ブレンダは慌てて声をかけた。
「……何を、考えている?」
胸に浮かぶ幾つもの疑問をまとめてそう訊くと、ちょっと苦笑したようにカルロが立ち止まった。
「……それ、昨日イグナスにも言われたわ」
それから、三日月のような弧を唇に浮かべ。
「……これからのことを、考えているよ?」
そう言い残し、踵を返して去って行った。