【短】『さよなら』と言えたら、苦しくないのに。
「……お兄ちゃん……あたし、もう行くね?」


涙を指で拭って、ななはくるりと背を向けた。

その小さな背中がかすかに震えている。


俺は、両手をぐっと強く握りしめた。


この手が、ななを引き止めないように。


彼女がゆっくりと歩き出した瞬間に、俺達の間に生まれた距離。

それは、どんどん大きくなって。


俺を振り返ることなく、ついにななは会場の人ごみに消えていった。



「なな……」


きっと、今頃泣いているんだろう。


声を押し殺して。

たった一人で。


それが分かってるのに、追いかけることが出来ない。

慰めてやることができない。


俺は、ななの兄だから。



――なな……


お前は知らないだろう?

お前の気持ちに、俺が気付いているということを。


そして。


俺も、お前のことを――……

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