夜桜と朧月
夕食の片付けをしながら、リビングで寛ぐ薫に聞いてみる。


「薫って、何歳だっけ?」


姉は確か24歳だったはず。


「俺?28だけど」



え?うっそ。


「絶対30過ぎてると思ってた…」


言った途端に薫は素早く近付き、私の頭をぐりぐりと小突いた。地味に痛い…!


「誰がおっさん!?俺まだ20代だけど!?」


「崖っぷちに変わりないじゃんか!!」



必死の反撃も虚しく、そのまま、また客間に連れて行かれてしまった。


いつ敷いたのか、すでに布団が用意してある。準備が良すぎる…!

薫の寝室には、姉との思い出があるのだろうから、私自身そこに行こうとは思わないし、薫もその部屋には私に入って来て欲しくないのだろう。


だから薫がナニかをしたい時には、いつも客間に連れていかれる。



「そんなに苛められたいの、お前」

そんな訳ないじゃん!というか、顔が近い!ニヤリと猫のように笑うその仕種に、思わず身震いした。


大体『お義兄さん』と呼んでいた時は、あまり薫の顔をまじまじとは見つめた事なんかなかったけど、いざこういう深い関係になったら、嫌でも至近距離で見つめあってしまう。


だから、薫の顔が実は凄く端正で、無駄なパーツが無いぐらいに整っている、なんて気付かなかったし、若干茶色がかった地毛はサラサラと揺れてアーモンドのような瞳にかかり、艶かしさを増しているという事も知らなかった。


「……なに、俺の顔になんかついてる?」


薫の顔をガン見していたせいか、訝しげに問いかけられた。



「んーん。薫って、じつはカッコよかったんだなぁ…と思って」

言ってしまって後悔した。

狼と化した薫が、言葉もなく私の唇に噛みついて来たもんだから。



「薫、絶対猫被ってたよね…」


薫の気が済むまで食べ尽くされた私は、息も絶え絶えに呟いた。


「……なんで?」



だってさ。



「お義兄さんって呼んでた時は、すごい紳士みたいな態度だったのに、今は全然違うもん」


軽く不貞腐れてそっぽを向くと、後ろで苦笑した薫が私の肩を抱き寄せた。


「好きな女に独占欲発揮すんのはしょうがない男の性みたいなもん。諦めて」

「めんどくさい生き物。男の人って」


女だってそうだろ、と嘯く薫の脛を、思いきり蹴飛ばした。


「それはそうと、お前も大晦日に実家に帰るの?」


出来れば一緒にいたいけど、さすがにそれは…ねぇ。


「29日に帰るよ。じゃないと、お父さんが大掃除をやってくんないもん」

そっか、と溜め息をついた薫がちょっと残念に思ってくれてたら嬉しい。


「でも、私が帰る前に、咲希と多希のお着替えとか必要な物は揃えておくから。ミルクやお風呂の時間はメモっとくね」


「悪ぃ。そういうの、あんまり分からないから……」


助かる、と小声で呟くと、左手を繋がれて、薫の口許に持っていかれた。

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