奪取―[Berry's版]
 手に取ることはなく、照明を反射するシンプルなそれを眺めながら絹江は理解する。これは、喜多の自宅の……今、絹江が居る家の鍵なのだろうと。
 絹江は小さく首を振る。

「いらないわ。私にだって自宅はあるんだもの。喜多くんに運ばれてこなければ、私がここに来る理由はないもの。帰る家はあるのよ?」
「俺が、きぬえちゃんにいて欲しいんだよ、ここに。疲れて帰ったとき、きぬちゃんにお帰りって言って欲しい。夜遅くなっても、ベッドにきぬちゃんの姿があるだけで、疲れが取れる気がするから」

 唇を噛み締め、絹江は喜多を見据えた。夢を語るような顔でお願いされては、強く断ることが出来ない。不精ながらも、それを受け取った絹江を、喜多は眸を細め眺める。酷く愛おしいものを慈しむような眼差しで。
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