奪取―[Berry's版]
17.秘密
 随分と、春が足踏みを続けていると思っていた日々が懐かしく感じるほどに。ここ数日は今年の最高気温を更新し続けていた。暦の上でも、単の季節を迎え、次に袷へ袖を通すのは、最低でも4ヶ月は先のことになるだろう。
 絹江は、小さなファイル用の引き出しに収めている袷の長襦袢を取り出していた。長く箪笥へ仕舞う前に、丸洗いに出してしまわねばならないからだ。床へ腰を下ろし、ひとつひとつ。半襟を縫い付ける糸を解く作業に没頭していた。
 気付けば、喜多が住まうこの家に、随分絹江の存在が増えていた。それは着物たちだけではない。そして、物だけでもない。
 不意に。絹江はふわりと、抱きすくめられた。
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