奪取―[Berry's版]
 柔らかな笑みと、丁寧な対応とは裏腹に。喜多の胸のうちでは嵐が吹き荒れていた。
 セレモニー終了まで、残り1時間もない。
 しめの挨拶は鈴音に任せてあった。本日まで、多くの努力を惜しまなかったスタッフ達への労いを怠ることに、自責の念はあるものの。とりあえず、あと少しで喜多は晴れて自由の身となれる。
 抱きしめることは叶わなくとも、彼女の姿を視界に留めておきたい。今、喜多が叶えることの出来る最大で、最善はそれだけだ。……にも拘らず、今の喜多にはそれすら儘ならなかった。その事実が、喜多を更に苛立たせる。

 通りすがりのウエイターから、グラスをひとつ受け取り、喜多はそれを仰ぐ。弾ける泡を一気に流し込み、怒りで乾ききった喉を潤おしてから。再び周囲へと視線を向けた。
 ――見つけた。
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