奪取―[Berry's版]
20.一歩
 喜多は、人で溢れる会場内へ視線を走らせていた。ただひとりを求めて。
 会話の邪魔にならぬ程度に。会場内の雰囲気を盛り上げている音楽は、春花が連れてきたバンドメンバーによるものだ。セレモニーのイベントと称し行われた春花の短いライブは、招待客の高評価の内に幕を下ろした。現在、ステージ上に春花の姿はもうない。袖で休憩していることだろう。

 人の間を縫うように、喜多は足を進めていた。出来ることならば、人目を憚ることなく大声で愛しい人の名を呼び、駆け出したい。現実問題、出来ないことは重々承知だ。
 喜多が胸に抱く欲求を知っているかのように。あちらこちらから、喜多に呼び声が掛かる。このセレモニーにおける喜多の立場を考えれば、当然のことでもあった。曖昧にあしらってしまいたい衝動を押さえ込みながら、喜多は責務を果たす。
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