富士山からの脱出
当選
カラ~ン、カラ~ン
「おめでとうございます、特別協賛賞が当たりました」

「お~、良いなぁ」 後ろに並んでいる人波から羨望の溜息が漏れる。
「ペア宿泊券の当選です」「今回はなんと2泊3日の4食付きだよ。おめでとう。」
黄色いハッピを着た商店街のおじさんから賞品を受け取ったのは、
レッドブルレーシングのTシャツにトヨタのキャップを被った少年。
少年は丁寧にお辞儀をして宿泊券が入った封筒を受け取り、両親の元に駆け寄る。

「快晴やったなっ」
父親から褒められると同時にビシッと背中を叩かれ大袈裟に痛がって見せる。
「痛いなぁ」と言いながらも顔は微笑んでいる。
「よしそれじゃ、この宿泊券でお父さんとお母さんが泊まってくるよ」
「えぇ~」今度は真顔になって怒る少年。
「だって快晴は高校受験だから遊んでいる暇なんてないよな!」

ふざけている親子の後ろでは、
「カラ~ン、カラ~ン、一等おめでとうございます」
「32インチ液晶テレビがでました」
鐘の音と共に湧き上がる歓声と溜息。

しかし、宿泊券をカバンに仕舞った家族にそんな雑音は届かないらしい。
「今日はお祝いだ!夕飯はいつものお店で食べよう。」
母親が「美味しいお刺身でも食べさせてくれるの?」
何も応えずに空を見上げながら
「そう言えば、蝉の声が全く聞こえないのは不思議だと思わない?」
「昨年の福引のときは列に並びながら、蝉の声当てクイズをしたよな」
少年が空を見上げると、西の空に美味しそうなドーナッツ型の雲が浮かんでいた。



引き戸を開けると中からはひんやりとした冷気と共に威勢の良い声で
「いらっしゃい。今日も暑いね。」
「家族で遊びに行った帰りですか?いつも仲が良いねぇ!」

お店のカウンター席からは、
「おぉ~、かいパパとかいママさん、久し振りだね~。」
いやいや、久しぶりに来たのは斉藤さんの方ですよ。
そんなことを心の中でつぶやきながら
「本当に久し振りですね。
 ちょっと会わないうちに、頭の輝きに磨きが掛かってませんか。」
頭に乗せた手をツルツルしながら、笑顔で「パパさんのお腹には負けるよぉ」

立ち話で盛り上がっていると、ねじり鉢巻きをしたマスターが
「いつもの席で良いですか」。
カウンター7席とテーブル14席の小さな居酒屋。
店の外には申し訳程度の看板がひとつ ”おもてなしの味かがやき”。
どこに座っても同じと思いながらも「いつもの席で良いですよ」と答えてしまう。

席に座るとお店のママさんがお手拭を持ってきて「箸は大丈夫?」。
かいママがバックの中からマイ箸を取り出して「大丈夫ですよ」。
毎度繰り返されるいつもの風景を見ながらグラスに氷を入れていると、
お店のママさんが「あれっ、快晴君は来ないの?」
グラスに焼酎を注ぎながら「本屋で旅行ガイドを買ってから来ますよ」。

「実は商店街の福引で旅行券が当選したんです」
横で聞いていた斉藤さんが「2年前も当てってなかった?」
グラスを片手に「良く覚えていますね。今回の宿泊券は静岡県のホテルです」。
「静岡と言えばお茶と富士山ですよね。早く行きたいなぁ。」

そんなことを言いながらグラスを飲み干すと、誰も見ていなかったテレビから突然!
あの音と共に、”緊急地震速報”の文字が表示されて・・・・まわりは沈黙。
数秒間の沈黙に耐えられずマスターが「最近、地震が多いよね」
そして字幕が切り替わり、
”震源は栃木県北西部、震度は5弱”
”津波の心配はありません”

ビールを飲み干した斉藤さんが「栃木で津波の心配なんていらないって、まったくもう」
2杯目の焼酎を作りながら「東日本大震災以来、地震が増えているよね。そろそろ関東や東海も油断できないかも」「もし、大きな地震で被災して快晴がひとりぼっちになったら面倒見てくれる?マスター」
「おぉ、快晴君なら料理も作れるし喜んで面倒見てあげるよ」
ガラガラガラ~、引き戸からひょっこりと顔を出したのは本屋に寄っていた快晴です。
「静岡と箱根の地図を買ってきたよ。暑~い!冷たいウーロン茶ちょうだい」
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